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赤穂の旅(3)「赤穂城登城」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~

「第三回 赤穂城登城」


(あらすじ)
 今回は県境をこえて義士のふるさと播州赤穂にやってきました。そして12月の討ち入りの日を迎えようとしているこの町で散策に乗り出したのです。


この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ


 駅前の通りを南へまっすぐ行くと、やがて赤穂のお城が見えてきました。
大きな櫓と石垣が立派な造りです。

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大手門、つまり城の表門では赤穂のゆるキャラ「陣たくん(左)」と高砂市の「ぼっくりん(右)」が愛嬌を振りまいています。

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 それでは大手門の橋を渡り、城内へ・・。

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 中に入ると高い石垣に囲まれた空間があります。
ここは枡型といって、進入してきた敵兵を閉じこめて攻撃するためにつくられた場所のようです。
そして、その枡型をジグザグと歩いてさらに奥へ・・。

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 忠臣蔵ウイークだからでしょうか、城内にはこのような灯籠が並んでいます。
夜に訪れると明かりが灯され、さぞかしロマンティックなことでしょう。

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 そして、さらに奥に行くと広い所に出ます。ここは城の三の丸にあたる場所のようで、かつては重臣の邸宅があったそうです。
 そして、忠臣蔵の主役である「筆頭家老・大石内蔵助」の邸宅もここにありました。

(大石邸長屋門)
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 大石邸の近くには、同じく討ち入りに参加した「片岡源五右衛門」の邸宅もあります。
彼は浅野内匠頭長矩(ながのり)から最も寵愛をうけた家臣の一人で、劇中では長矩が切腹する直前に最期の目通りをした人物として知られています。
 このほかにも、町を歩くと討ち入りに参加した義士たちの邸宅跡が多く見られるようです。

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 この水場があってきれいな場所は、かつて二の丸門があった付近です。

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 この2つの石は、二の丸門跡付近に置いてある「かんかん石」と呼ばれるもので、備え付けの小さな石で叩くと「カンカンッ!!」といい音を響かせます。

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 これは江戸時代の儒学者・兵学者であった山鹿素行(やまがそこう)の像です。
彼は初代藩主長直(ながなお)公に召し抱えられ、家中に兵法指南を行っていました。
 そしてその教えは、後の討ち入りに少なからず影響を与えているのではないでしょうか。

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 これは大石内蔵助の大叔父で、初代長直公時代に家老であった大石頼母助良重(たのものすけよししげ)の屋敷門です。

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 ここは領主が屋敷を構える本丸の表玄関である「本丸門」です。
赤穂城の本丸門は2つの門から成り、これは外側の門である「二の門・高麗門」です。
 ここには義士の方々がいたので、写真を撮らせてもらいました!!

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 一方、こちらが内側の門で「一の門・櫓門」です。
江戸時代につくられた本丸の門は、廃城となった際に取り壊されましたが、平成に入りこのように復元されました。

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 本丸内には領主屋敷、番所、倉庫などがありました。そして、むこうに見えているのは天守台です。本来ならば天守閣がそびえる所なのですが、赤穂城には最初から天守閣が造られなかったようです。
なぜなら、小藩である赤穂の財政が逼迫していたことと、天守閣を設けることによって幕府に目をつけられることを防ぐ思惑があったようです。
(義士祭に際してか、天守台の上には天守閣のような櫓が組まれていました・・。)

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 城下で整備されているのが見られた上水道ですが、当然ながらここ本丸内にも給水されていました。

(旧水道石組)
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 本丸まで流れてきた上水は、さらに配管され屋敷内のいろいろな部屋へ配水されました。(風呂とか台所とか・・)

(旧水道角枡)
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 これは本丸にある「大池泉」、この池の水は上水道から配水されていたようです。

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 城の北東に位置する「厩口門」から出て本丸の南側へまわってみます。

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 すると堀を眺めることができます。
赤穂城は石垣で形作られた城郭の美しさが特徴的で、大変貴重なものでありその遺構は国の史跡に指定されています。

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 二の丸の南側は緑地公園になっています。そして、ここには「遊水池」があり野鳥などの姿を見ることができます。

 江戸時代、川の上流から取水し城下町の水路を通った水は、城内に引き込まれ各所へ配水されました。そして残った水は本丸の堀に貯められたのですが、その際、堀の水量を調整したのがこの池なのだそうです。そして、最終的に余った水は海へと排出されたのです。


 海岸近くにひらけた赤穂の城下は真水に乏しく、それがために大規模な上水道の建設がはじまりました。そしてそれは必要なところにくまなく配水され、無駄なく利用される給水システムを作り上げたのです。

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 ここは二の丸を南北に分ける「西仕切門」です。ここまで来ると行き止まりのようなので、もと来た道へ帰ることとします。

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 仕切り門のむこうに見える山肌には、赤穂の「赤」という字が浮かんでいます。

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 私が訪れた日は気温が低く、なんといっても強風が吹き荒れていました。城内にはそれほど高い建物もないので、風当たりがとても強く実に寒い・・。
ということで、今度は隣接する歴史博物館に逃げ込むことに・・。
 この「清水門」を抜けるとまもなく歴史博物館です。
 なお、この「清水門」は、城を明け渡すときに大石内蔵助が名残を惜しみながら退場した門として知られています。(つづく)

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この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ


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(参考文献)

 現地案内板
 赤穂市観光商工課パンフレット
 (社)赤穂観光協会パンフレット  
 (財)赤穂市文化振興財団発行「赤穂義士 史跡めぐり」

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