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ミニ・ポタ紀行 出雲・石見の分岐点「可部街道」を訪ねて ~広島市・可部~

ミニ・ポタ紀行 出雲と石見の分岐点「可部(かべ)街道」を訪ねて ~広島市・可部~


 広島市内を国道54号線に沿って北上すると、カーテンを吊したような特徴のある橋「太田川橋」が見えてきます。そして、橋を向こうに渡ると、今回の目的地である可部の町に到着です。

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 ここ広島市安佐北区(あさきたく)可部は、古くは出雲・石見街道(雲石路)が分岐する地域で、広島城下と両地域を行き来する人と物資が集まる宿場町、商業町として発展してきました。また、そばを流れる太田川の水運を利用した、陰陽物流の中継地としての役割も果たしていました。
 現在でも広島市北部の拠点としての機能を持ち、人口約15万人を擁する安佐北区の中心地として区役所をはじめとする官公署が多く立地しています。

(広島市安佐北区可部の地図)



1.JR可部駅

 ここはJR可部駅です。近年リニューアルした駅前ロータリーには、アーケードが巡らされており、まるで欧州の駅のようです。
 今回はこの駅に自転車を置き、徒歩にて町を散策します。

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2.浜の明神社(みょうじんじゃ)

 川舟の安全を祈念するために、厳島神社(いつくしまじんじゃ)の分霊をむかえて祀っている神社です。この神社で行われる大祭は通称「チンチロビッツ」とよばれ、地元の人々に親しまれているようです。拝殿の前にある大きな樽が印象的な神社でした。

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3.鉄灯籠(かなどうろう)(広島市指定重要有形文化財)

 江戸時代、この辺りは「船入堀」とよばれる川船の発着場であったそうで、「鉄灯籠」はここで常夜灯の役割を果たしていました。高さ313cmもある灯籠は、可部の鋳物(いもの)師が作成したもので、その秀逸な造形は、この地域が鋳物業の盛んな場所であったことを表す歴史的遺産といえます。

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4.街道沿いの町家

①中川醤油醸造元

 ここは可部駅のすぐ近くにある「中川醤油醸造元」です。趣のある可部の町並みの入り口に位置する商家です。

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 それでは「雲石路(可部街道)」をさらに奥へと進んでいきましょう。

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②増井醤油醸造場

 ここは「増井醤油醸造場」です。豊かな水と温暖な気候に恵まれた可部の町には、数件の醤油醸造場があります。

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 この土間の部分がいい味を出しています。 

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可笑屋(かわらや)

 「可笑屋」は、もとは「山繭(やままゆ)問屋」の建物であったものを改装したもので、古民家の再生・保存・活用が可部の町並み形成に貢献しているということで「ひろしま街づくりデザイン賞(街並み部門)」を受賞したそうです。 

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 建物は現在、喫茶とコミュニティーサロンとして利用されており、訪れる人々の情報交換の場となっています。

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 ちょうどのどが渇いてきたので、さっそくアイスコーヒーを飲むことにしました。

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 私が座った席からは、中庭を眺めることができました。

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 一方、この辺りの観光情報を得るため、コミュニティーサロンのほうへ行ってみました。すると、ボランティアの方が、近隣の観光地図をコピーしてくださっただけでなく、建物内を案内してくれました。

(中二階部分にある、印象的な丸窓から外を眺めたところ)
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 加えて町の産業の歴史について、丁寧に説明してもらえたので、とてもありがたかったです。

(雰囲気のある階段灯)
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 ここは「可笑屋」の裏通り、白壁の町屋が次々に並んでいる姿は圧巻です。  

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④三木邸

 「可笑屋」と同じく「ひろしま街づくりデザイン賞(街並み部門)」を受賞した民家の「三木邸」です。

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 なんと、郵便ポストまでもが古民家風・・。シャレが利いています!!

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⑤可部の折り目

 以前「津山」に訪れた時にもあった「折り目」がここにもありました。謂われは以下のように、いくつか説があるようですが、面白いのは③ですね。

①異敵の進入を困難にさせ、町の防衛をはかるため。
②かつて大火に見舞われた経験から、火事による延焼を防ぐため。
③当時は大名行列が横切るとき、民衆はその列が見えなくなるまで土下座をする必要があったが、折り目を作ることにより、その時間の短縮を図った。

 また、折り目地区一帯は、商工業都市「可部」の中心地であったようで、商売繁盛の神「胡神社(えびすじんじゃ)」が置かれています。

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 「胡神社」の脇には、なかなか趣のある台座がありました。側面には「可部蓄財銀行(かべちくざいぎんこう)」と書いてあります。
元々、これは日露戦争の凱旋記念碑として建てられたもので、その後火災時の警鐘台として利用されたようです。当然のことながら今は存在していませんが「可部蓄財銀行」というネーミングがレトロでいいですね。古き良き時代の地元銀行です。

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⑥シゲタ写真館

 1913年創業の「シゲタ写真館」です。日本の古民家とはまた違った表情を見せるレトロな洋館です。
アーチ状の入り口上部に見える「タゲシ」の文字が、なかなか「おちゃめ」です。 

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⑦休憩

 少し歩き疲れたので、ここで少し休憩しましょう・・。

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⑧永井邸

 この家の特徴は外壁の色で「藤色」というのでしょうか、上品な薄紫色をしています。この建物も町並みデザインに貢献が大きいということで「ひろしま街づくりデザイン賞(街並み部門)」を受賞しています。

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旭鳳(きょくほう)酒造

 ここは、慶応元年(1865年)創業の「旭鳳酒造(株)」です。建物は明治2年(1869年)創建だそうです。表に掲げる大看板と、奥に見える窓がたくさんある蔵が特徴的な建物です。

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5.可部集落の迷路道

 さて、概ね可部街道の北端に行きついたので、今度は駅のほうに戻ってゆきましょう。帰りは街道から一本中に入って、集落の間を迷路のように通る小さな路地道を歩いてみましょう。しかし、裏路地はホントに狭いです。しかも四方に張り巡らされているので、なかなか思った方向には辿りつきません。

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 裏路地の一部は「花の散歩道」と命名されており、地元の方によって花が植えられたプランターや手作り案内板などが置かれています。

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 路地の向こうにも、また細い路地が見えています。街道から一歩中に入ると、どこを歩いているのかわからなくなってしまいます。まぁ、それもまた非日常的で面白いのですが・・。

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 ここは「勝圓寺(しょうえんじ)」というお寺です。ここには「大えい和上」という僧侶の遺跡があります。

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 こちらは「品窮寺(ほんぐうじ)」というお寺の裏門です。「花の散歩道」を歩いていると、先の「勝圓寺」を含めて2つのお寺に立ち寄ることができます。ただ、何も考えず歩いていると「花の散歩道」から外れてしまい、迷ってしまうので注意が必要です・・。

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 情緒のある細い通りの先に「可愛神社(えのじんじゃ)」のお社が見えてきました。
「可愛神社」とは何とも愛らしい名前なのですが、その割には正面に立派な鳥居が構えています。
この鳥居は近年になって建てられたもののようですが、厳島神社の鳥居と同様式のもので格式が高そうです。

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 道に迷うと何度も書きましたが、「可愛神社」を過ぎたあたりで案の定迷ってしまいました。用心深く歩いていたのですが、本当に迷路みたいなんですよ。
 町の人に聞いたのですが、こういった迷路のような道は昔ながらの町割りの名残だそうで、広島市近郊では「宮島」と「可部」ぐらいにしか残っていないとのこと・・。この複雑な路地も、この町の特徴なのですね。


6.ひげ地蔵

 なんとも微笑ましいのが、この「ひげ地蔵」。口にひげをたくわえ、なかなかワイルドな面構え。お参りをするとき自分の身体の悪いところをなで、地蔵様の同じところをなでると、気持ちが安らぐそうで、別名「やすらぎ地蔵」とも呼ばれるみたいです。

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7.千代の松(広島市指定天然記念物)

 大正時代「可部八景」に選ばれたという名勝の松です。ちなみにその他の可部七景はどのような風景なのでしょうか?

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8.可部の産業の歴史と町家ギャラリー

 水運の中継地である可部の町には、古くから中国山地で採取された多くの砂鉄が入ってきたようです。
やがて集まった砂鉄は、この町で加工されるようになり、鋳物造りが盛んになりました。

(2階の真ん中あたりに見られる「小さな屋根」が可愛らしい古民家)
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 また、近隣の山間で取れる山繭から「天蚕糸(てんさんし)」を作る技術が発展し、広島を代表する「山繭織(やままゆおり)」の産地ともなりました。そのほかにも豊富な水を利用して酒や醤油、ラムネなどの製造も盛んであったようです。

※天蚕糸・山繭・・・詳細はこちら

(民家は町並みの景観に合わせて設計されている)
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 そしてそれらの生産物を太田川の水運を利用して、各地に流通させることで繁栄したといいます。可部の町には現在でも鋳物業から身を立てた企業が本拠を構えています。

(2階には火災による延焼を防ぐための家紋が入った「卯建(うだつ)」が見られる。これは可部の民家の特徴のひとつ。)
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9.太田川

 可部の町の発展を支えた太田川の流れです。訪れた時は雨量が多かったため、川はすごいことになっていました!!

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 出雲・石見街道(雲石路)は可部の町を抜けるとすぐに分岐し、出雲街道は吉田、三次を経て出雲大社へ、一方石見街道は千代田、大朝を経て石見銀山へ向かいます。逆に言うと、可部の町はこの2つのルートが集結する地点であり、地理的に言って、もともと発展する素地が備った場所であったように思いました。

前回の旅の記録はこちら → 水の都、平和都市、そして故郷「広島」探訪

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この記事へのコメント

No title - すずた - 2012年07月29日 09:35:57

街並みがきれいですねえ。
古民家の小さな屋根は当時としてはかなり凝ったデザインだったことでしょう。

うだつも付いた家屋が多いようですし、やはり商業の町として、だいぶ栄えていたのでしょう。

それにしても、太田川の水の量はすごいですね…

Re: No title - ポタ麿 - 2012年07月30日 23:46:06

すずたさん、こんばんは。

可部の町並み保存は、地域住民の方がずいぶん熱心に活動されているようです。

地元の方に「旅行記をブログに載せるつもりです」と言ったところ、いろいろと町の説明をしてくれて、ご協力をいただいたところです。

今まで「うだつ」という言葉は知っていたのですが、実際にどんなものかは知りませんでした。

このあたりも現地で教えてもらい、なかなか勉強になりました。

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