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ミニ・ポタ紀行「犬養木堂生家を訪ねて」

ミニ・ポタ紀行
犬養木堂(いぬかいぼくどう)生家を訪ねて」


 今回は、岡山市中心部から西へ約10km、岡山市と倉敷市の境界付近にある「犬養木堂生家及び記念館」を訪ねました。(なお、木堂とは犬養毅(いぬかいつよし)が称した号です)

②木堂の小道


 自転車を専用駐車場に置き、ここから生家までは小道を歩いてゆきます。

②木堂の小道2

 
 生家までは看板と

③木堂の生家


 道路に埋め込まれたパネルがエスコートしてくれます。

②木堂の小道5


 道中には水路や

②木堂の小道3


 立派な梵鐘をもつ神社

②木堂の小道6


 また、このような古民家ギャラリーもありました。

②木堂の小道4


 適度に整えられた小道を行きつくと、「犬養木堂の生家」が見えてきました。

(木堂生家の表門)
③木堂の生家19


 この建物は昭和51年に犬養家から岡山県に寄贈され、一度解体修理されたのちに正徳年間(1711~1716)に建てられた時の姿へ正確に復元されたもののようです。

(生家の表側)
③木堂の生家2

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 ここでは木堂が生活をしていた頃の雰囲気と歴史を感じることができます。また、隣接する記念館では木堂についての資料を見ることができます。
 それでは少し木堂の生涯について触れてみましょう。

(生家の中庭側)
③木堂の生家4


 木堂は安政2年(1855)、備中国(庭瀬藩)の川入にある大きな庄屋の次男として誕生しました。

(生家の中庭・右手の建物は「木堂塾」と名付けられた研修施設)
③木堂の生家3


 小さな頃から学問に熱心で、長じてからは上京して福沢諭吉が開いていた慶應義塾大学に入学します。その時、学費や生活費を工面するため西南戦争の従軍記者を務めたことなどにより、ジャーナリストとして活動をはじめます。

(生家内)
③木堂の生家16


 その後、大隈重信の立憲改進党に加わり、以後は生涯を通じて政治家として活躍することになります。

(生家内)
③木堂の生家15


 70歳の時、念願であった「普通選挙の実現」を果たした木堂は、一時政界引退を宣言しますが、地元選挙区民の圧倒的な支持を受け、再選を受諾せざるを得なくなります。

(生家内)
③木堂の生家13


 その数年後、内閣総理大臣に就任してむかえた昭和7年5月15日、首相官邸において海軍青年将校らの襲撃を受け、その凶弾に倒れました。(享年78歳)
 以後、日本は太平洋戦争に向けて突き進むことになります。

(生家裏庭向き縁側)
③木堂の生家14


 「五・一五事件」においてあまりにも有名な「話せばわかる」という言葉は、木堂の政治信条である「相手と話すこと、議すること」から発せられた心の叫びであったのでしょう。

(生家裏門への通路)
③木堂の生家18


 木堂には「憲政の確立」、「藩閥の排除」、「普通選挙の実現」「政党政治の確立への貢献」など多くの偉業がありますが、私が最も驚かされたのは、帝国主義的発想が当たり前であった時代(昭和初期)にありながら、アジア諸国との協調路線を提唱するという、まさに今日的な発想を持った政治家であった点でしょう。

(生家裏門)
③木堂の生家11


 平和を希求した木堂は、この「ハナノキ」をこよなく愛したそうです。

(敷地内に植樹された「ハナノキ」)
③木堂の生家6


 さて、こちらは生家に隣接する「犬養木堂記念館」です。

(「犬養木堂記念館」の入り口)
③木堂の生家7


 ここには木堂の生涯を物語る貴重な資料が展示されています。

(記念館の中に造られた、なまこ壁の町並み)
③木堂の生家8


 また、ここでは木堂の肉声による演説を聴くことができます。それを聴くと話し方が理路整然としており、現代の人が聴いても全く古臭さを感じないように思いました。いや、スピーチ技術が十分に研究し尽くされた現代の演説以上に、より説得力のある演説ともいえるものでした。

(記念館敷地内の中庭)
③木堂の生家12

 一方で木堂には秀でた書道家としての一面もあり、書を書いてほしいと頼まれることがよくあったそうが、あまりに多すぎて、そのほとんどを断っていたそうです。しかし、若い人に頼まれると断ることができなかったようで、このあたりに木堂翁が未来ある若い世代を大事に思っていたことがあらわれています。

(記念館の外塀と水路)
③木堂の生家10


 私はここを訪れるまで、「犬養木堂」という人のことは学生時代に日本史で習った程度のことしか知りませんでした。まあ、政治家のことですので賛否両論はあるかと思いますが、私の印象は「信念に生きた人」という感じでした。

(記念館敷地内の庭)
③木堂の生家9


 生家を出た後、最後に立ち寄ったのが「木堂の墓所」です。この敷地の中にひっそりとお墓がありました。

④木堂墓所2


 墓所の入り口には石碑もありました。

④木堂墓所


 今回のポタリングでは、わずかの時間ではありますが、一人の偉人の生涯を垣間見て、少し感傷的な気持ちになりました。志半ばで凶弾に倒れた木堂の気持ちはどのようなものだったのでしょうか?そして木堂に現在のわが国はどのように映っているのでしょうか?
 先人に恥じない社会を目指さないといけないと思うのでした。


前回のポタリング記事はこちら → 小豆島八十八カ所巡礼②・前編


犬養木堂の生家と記念館(岡山市北区川入102-1)

 開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
 休 刊 日:毎週火曜日(祝日は除く)、祝日の翌日(土・日は除く)
      年末年始(12月28日~1月4日)
 入 館 料:無 料
 U R L:http://www.maroon.dti.ne.jp/inukai.bokudo/

 ※休館日等は上記HPにアクセスし、直接施設にお問い合わせください。

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日頃のとりとめのない事象に
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