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大阪万博公園の旅(最終回)「万博公園散策」 

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ5
「世界の国からこんにちは」万博公園への旅 ~大阪府・吹田市~
「最終回 万博公園散策」


 今回は新幹線輪行で大坂へ・・。そして大阪市中心部を出発して北部郊外にある「万博公園」までポタリングをしながらやってきました。
 これまでは、かつての万博遺産を見てきましたが、最後に公園内を散策してみたいと思います。


 万博開催時に近未来的都市が築かれていた敷地内は、閉幕後に自然公園として整備されることになりました。
現在は、園内のあらゆるところに植樹が施され、森が再生しています。

 ここは「ソラード」という施設で、ここでは空中に渡された木製の通路から林間を観察できるようになっています。

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 ここが「ソラード」の入り口。

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 通路はこのような感じで先に向かってのびています。

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 しかし、林間を縫って歩くのは気持ちのよいものです!!

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 途中、このような橋もありました。

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 「ソラード」をほどよく歩くと、行く手にタワーが見えてきました。このタワーが通路のゴールになります。

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 タワーの上から眼下の森を見下ろします。

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 天気がよければ気持ちの良い散歩が楽しめそうな場所です。

(「ソラード」の案内図)
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 ここは「ソラード」の周りにあった「ビオトープの池」。大自然をコンパクトにまとめたような水場です。

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 ここもなかなか落ち着ける場所です。

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 園内には、このような大きな広場がたくさんあります。

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 こちらは西口ゲートにのびる大通り。圧倒されるような広大さを感じます。

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 そのほか、園内ではこのようなものも見ることができました。

(世界一周を果たしたヨット「信天翁」)
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 時刻は16時を回りました。電車の時間もあるので、このあたりでそろそろ大阪市内へと戻ってゆきたいとおもいます。


 そして、大阪市内に戻ってくると辺りはすっかり暗くなっていました。

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 街の川沿いにはイルミネーションが輝き都会的な美しさにあふれています。

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 やっぱり大都市の夜景はロマンチックだなぁ・・。一人で見るには惜しい感じがするばかりでした・・。(おわり)

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この旅を最初から表示する場合はこちら → 第一回 大阪万博公園の旅
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

 現地案内板
 ウィキペディア(Wikipedia)

☆今回のポタリングデータ

  日付:2012年12月23日
  距離:57.3km/h
  最高速度:36.5km/h
  平均速度:16.9km/h
  消費カロリー:800kcal

(地図)


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大阪万博公園の旅(3)「万博遺跡めぐり(2)」 

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ5
「世界の国からこんにちは」万博公園への旅 ~大阪府・吹田市~
「第三回 万博遺跡めぐり(2)」


 今回は新幹線輪行で大坂へ・・。そして大阪市中心部を出発して北部郊外にある「万博公園」までポタリングをしながらやってきました。


この旅を最初から表示する場合はこちら → 第一回 大阪万博公園の旅


 ここは「夢の池」と呼ばれるところで、万博当時の面影を今に残している数少ない場所のひとつです。
池に設置されているいくつかのオブジェ(元は噴水)は芸術家「イサム・ノグチ」が「宇宙の夢」をテーマ創りあげました。

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 噴水はそれぞれ宇宙を表す物体として配置されています。
青い筒状のものは「星雲」
黒い四面体は「コロナ」
中でも最も目立つ高いタワーは「彗星」

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 この2つは「宇宙船」。万博当時は上下に動いていたそうです。

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 そして、この球体は「惑星」を表しています。
これら噴水を絶妙に配置することによって、人類にとってこれから開拓すべき新空間「宇宙」を表現しているように思えます。

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 ところで、池のほとりで見つけたこの構築物。どことなく昭和チックな雰囲気がしますが、万博当時の設備なのでしょうか?

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 つづいて、このようなオブジェを見つけました。
これは「空」という作品で、万博開催時に展示されていたものです。
閉幕後、長年にわたって別の場所に移設されていたようですが、38年ぶりに万博公園に里帰りし、この場所で余生を過ごしています。

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 これは大阪万博には直接関係ないのですが、1990年に開かれた「花と緑の博覧会」で展示されていたものだそうです。
 大阪で開かれた博覧会つながりということでここに設置されているのでしょう。

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 ここは「夢の池」の西側に広がる「大地の池」です。
この池も当時からあったのだそうです。

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 一方、「夢の池」の北側には「日本民芸館」の建物があります。
ここも当時はパビリオンのひとつでありました。

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 かつてアメリカ館があった場所にやってきました。
今は全くといっていいほど、その面影はなく、地面のプレートだけが当時を物語っています。

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 当時のアメリカ館の模型です。このようなドーム状のものがここに建っていたとは・・。

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 現在「東の広場」となっている場所に、かつて「日本館」がありました。
パビリオンの中でも最大の面積を誇った「日本館」の跡地は広大なものです。

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 「EXPO70パビリオン」にやってきました。
ここはかつて「鉄鋼館」という展示館でした。当時の建物がほとんど残っていない万博公園の中では、貴重なパビリオンの遺跡です。

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 現在は「EXPO70パビリオン」という万博の記念館となっています。

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 館内には会場内で交通手段として活用された「電気自動車」や

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「電気自転車」なども展示されています。
コレなんかは現在の電動アシスト自転車の祖先ともいうべきものなのでしょう。

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 こちらは、入場者の管理に当たった「エキスポフラワー」のユニフォーム

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 パビリオン等の待ち時間を表すプレートもありましたが、書体の雰囲気が当時を偲ばせます。

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 こちらは「鉄鋼館」に展示されていた「池田フォーン」だそうです。

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 パビリオンの模型もいくつか展示してありました。
 こちらはもっとも入場者が多かった「ソ連館」。その数なんと二千八百万人も来場したそうです。

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 こちらは独特なデザインをした「オーストラリア館」

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 そして、これは絶対に外せないでしょう。見た目もカワイイ「ガスパビリオン」。

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 その他、ここでは当時の万博で使われたたくさんの展示物を観ることができます。
 万博終了後40年以上を経過した現在にあっては、当時を知る数少ない場所なのかもしれません・・。


 日本の高度経済成長期を支えた60年代~70年代初頭の人達が夢見た近未来の風景、それは私たち現代を生きる人間にとって先進的であり懐古的である絶妙なバランスを備えています。
 しかし、あらゆるものがデジタル化し、じかに目で見える形で進化を感じられなくなった現代人に比べると、はるかに当時の人達の未来に対する想像力は勝っていたのではないかと思えるのです。(つづく)

この旅の続きはこちら → 最終回 大阪万博の旅
この旅を最初から表示する場合はこちら → 第一回 大阪万博公園の旅
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

 現地案内板
 ウィキペディア(Wikipedia)

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大阪万博公園の旅(2)「万博遺跡めぐり(1)」 

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ5
「世界の国からこんにちは」万博公園への旅 ~大阪府・吹田市~
「第二回 万博遺跡めぐり(1)」


 今回は新幹線輪行で大坂へ・・。
そして大阪市中心部を出発して北部郊外にある「万博公園」までポタリングをしながらやってきました。


この旅を最初から表示する場合はこちら → 第一回 大阪万博公園の旅


 私は大阪万博に行ったことがありません。というのも少しの差ではありますが万博開催時より生を受けるのが後だったからです・・。


しかし、幼少の頃両親から万博の話はずいぶん聞かされました。「動く歩道」や「電気自動車」「リニアモーターカー」など、それは子供心に夢のふくらむような事ばかりでした。


だから、よく「万博につれてって・・」とせがんだものです。もちろん会期を終了していたので行けるはずもなく、悲しい思いをした記憶があります。
ですから、私にとって万博はあこがれの対象なのです。


 そこで今回は、万博公園において今だに現存するかつての遺産を実際この目で観て回り、ささやかではありますが、万博に行った気分に浸りたいと思います。


 万博遺跡めぐりは、まず「エキスポタワー」から始めましょう。
2003年3月に老朽化のため解体されたエキスポタワーの跡地があるというので、その場所に行ってみたいと思います。
 現地にはこのような階段を登っていきます。

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 万博のシンボルとしてつくられた「エキスポタワー」は高さ127mに及ぶ建築物でした。
タワーの上層部に見える多面体のキャビンは展望室となっており、人はエレベーターでそこまで登って会場内を展望できる仕組みになっていたようです。
 しかし、本来エキスポタワーは近未来の高層住宅を指向したもので、キャビンは1戸の住宅に相当する大きさでつくられていました。

(EXPO70パビリオン展示の復元模型)
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 そして、ここが現在のエキスポタワーの跡地です。
コンクリートの敷地の中に土壌の部分がありますが、そこに建っていたものと思われます。
 今から十数年前、まだタワーがあったころにも万博公園を訪れているのですが、その時にもう少ししっかり見ておけばよかったと、いまさらながらに思ってしまいます。

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 これはキャビンの壁面材の一部です。
左にある赤い物体はエキスポタワーに取り付けられていた航空障害灯です。

(EXPO70パビリオン展示物)
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 EXPO‘70パビリオンに展示されている当時の復元模型を見ると、エキスポタワーに行く途中に通った階段も、その時からあったものだということがわかります。

(EXPO70パビリオン展示の復元模型)
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 当時エキスポタワー側から万博主会場を望んだとき、おそらくこのような光景が目に飛び込んできたのではないでしょうか?

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 次ぎに訪れたのは「万博記念ビル」(奥)と「生活誕生館DILIPA」(手前)です。
これらは当時それぞれ「日本万国博覧会協会本部ビル」と「協会本部ビル別館」でした。
屋上の排気筒(?)が印象的な「本部ビル」は万博運営の中枢施設として、一方「別館」には郵便局などが設置されていたと総合案内スタッフの方に教えていただきました。

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 「旧協会本部ビル別館」を斜めから写してみました。
建物の端にあるループ状の構造物が近未来的なデザインです。

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 往時の姿はEXPO‘70パビリオン展示の復元模型で確認ができます。

(EXPO70パビリオン展示の復元模型)
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 「エキスポランド」の正面入り口にやってきました。ここは、大阪万博のアミューズメントゾーンであった場所で、近年まで遊園地として存続していました。
塀の向こうにはアトラクションの一部のようなものも見えています。

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 それでは、今度は万博主会場であった「自然文化園」の方に行ってみましょう。
自然文化園へのアクセス路「中央橋」の下には中国自動車道と中央環状線が通っており、現代モータリゼーションの象徴のような光景が眼下に広がります。

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 自然文化園の中央入口に到着しました。
ここからが一般的に「万博公園」と認知されているのではないでしょうか?ちなみに入場料は250円と大変リーズナブルです。

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 園内のマップはこんな感じです。とにかく広大な敷地に驚かされます。

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 中央入口から入場するとまず目に入るのは、やっぱりアレ「太陽の塔」です。

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 日本を代表する芸術家「岡本太郎」が制作した万博テーマ館のシンボル「太陽の塔」は、高さ70mの巨大な作品です。

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 芸術的見地から万博終了後も存続が決定し、現在でも園内のシンボルとして建ち続けています。
その異様から「万博」=「太陽の塔」と連想する方も多いのではないかと思いますが、私もその一人で、幼い頃からこの塔にシンパシーを感じてきました。

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 「お祭り広場」とよばれる場所の一角には「大屋根」の一部がモニュメントとして残されています。
かつて「大屋根」は万博のシンボルゾーンの中心を覆う幅108m、長さ292mの巨大な建築物でした。
設計は建築家「丹下健三」によるものです。

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 模型で見るとこのような状態でしたが、大屋根の一部をくりぬいて太陽の塔をのぞかせるというデザインについて「岡本太郎」と「丹下健三」がずいぶんとやりあったというのはNHKのドラマなどでも描かれていました。

(EXPO70パビリオン展示の復元模型)
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 大屋根のジョイント部分のアップです。ずいぶんと頑強な造りをしているだけあって、完成時の総重量は9,489tにのぼったそうです。

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 これが、完成までにいろいろな歴史を刻んだ盟友「太陽の塔」と「大屋根」の現在の姿です。

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このたびの続きはこちら → 第三回 大阪万博公園の旅 
この旅を最初から表示する場合はこちら → 第一回 大阪万博公園の旅
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「世界の国からこんにちは」万博公園への旅~大阪府・吹田市~

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ5
「世界の国からこんにちは」万博公園への旅 ~大阪府・吹田市~

「第一回 北大阪サイクルライン」


 今回は3連休ということもあり、年末特別編として新幹線輪行を行いました。

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 そして到着したのは「大阪」。今回は西日本を代表する大都市でポタを敢行します。

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 出発地点は「堂島川」と「土佐堀川」に挟まれた中之島の中央付近にある「大阪市役所」。
さすがに大都市・大阪の庁舎だけに大きな建物です。


 今回、自転車で大阪初上陸を果たした私ではありますが、新幹線で降り立った「新大阪駅」から「大阪市役所」まで来るだけでもずいぶん道に迷いそうになりました。こんなことで今日一日、本当に大丈夫か?
一抹の不安を抱えながらのスタートです・・。

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 大阪市役所の近くには趣のある洋風建築をいくつか見ることができます。
こちらは御堂筋を挟んで真向かいにある「日銀大阪支店」。

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 市役所の隣にある「大阪市立中之島図書館」もいい雰囲気です。

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 やっぱりこの辺りで一番目立つのは「大阪市中央公会堂」でしょうかね。
赤レンガと青銅のドーム屋根が美しい建物は、大正7年(1918年)に建てられたそうです。

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 大阪市役所を起点として、そばを流れる「堂島川」に沿った形で自転車道「北大阪サイクルライン」が延びています。
今回はこの「北大阪サイクルライン」を走って終点の「万博公園」まで行ってみたいと思います。

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 出発するとすぐ「堂島川」にかかる雰囲気のある石橋を見ることができます。
いずれにしても、この界隈は歴史的な建築物が目白押しです。

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 やがてこのような「らせん通路」にさしかかりました。どうやらここが中之島東端のようです。
ここを上がって先に進むことになるのですが、このようなパターンは今までポタリングで味わったことがないので楽しい感じ!!
 しかし、このあと連続する同じような立体交差に悩まされることになるのですが・・。
この時点では思いもよらなかったことです。

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 らせん通路を登ると天神橋の上に出ました。そして橋を北の方に渡ります。

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 中之島で「堂島川」と「土佐堀川」に分流していた川は、ここで一本の「大川」となります。ここから先はこの「大川」を右手に見ながら南天満公園の自転車道を行くことに。
 都会のど真ん中でありながら、静かな公園内を走るコースはポタリングにもってこい!!

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 途中、「天満橋」の下をくぐります。このあとも川沿いを走ることがつづくコース上には同じような場面がたくさんあります。

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 そして、頭上に美しい斜張橋「川崎橋」が見えてきました。
 そばを流れる「大川」は旧淀川ともいわれ、現在の淀川放水路(新淀川)ができるまでは、こちらが淀川の本流でした。
江戸時代、天下の台所として知られた大坂を支えた「大川(旧淀川)」が流れるこの辺りには多くの船が集い、とても賑わう場所だったそうです。
 それでは、深い歴史に彩られた川に架かる橋を渡って対岸へゆきましょう。

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 橋上は人と自転車のみが通れるようです。むこうには「大坂城」の姿も見られます。

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 対岸に渡ると、今度は桜之宮公園の遊歩道を北向きに走ります。
ここは先ほどの南天満公園遊歩道よりも広く、たくさんの人がジョギングを楽しんでいます。

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 水の都というだけあって大阪の街には、ふんだんに水をたたえた川がたくさんあります。
したがって必然的に橋が多くなるのですが、中にはこのようなユニークな形のものが見られ街の魅力アップにも一役かっているようです。

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 さて、自転車道は「毛馬水門」にさしかかってきました。ここで「大川」は本流の「淀川」に接続します。

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 合流地点「毛馬水門」のすぐほとりには「与謝蕪村生誕地の碑」があります。
ここではシニアのサイクリストが休憩を取っていましたが、これまたずいぶんとお疲れのようです・・。


 今回の「北大阪サイクルライン」、沿道を取り巻く環境から、全体をざっと3つの区間に分けることができます。その区分からすると「市役所」からここ「毛馬水門」までは前半の第1区間となります。
 さして意味はないのですが、あえてこの区間に名前を付けるとしたら、「都会のオアシス・親水公園サイクリングロード」とでも言えるのでしょうか・・。

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 さて、「毛馬水門」をすぎると今度は「淀川」沿いを走ります。
さすがに有名な「淀川」は大きな川で、河川敷はスポーツのできる公園としてきれいに整備されています。

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 川沿いのコースは平坦で舗装されているため、多くのローディーがサイクリングを楽しんでいます。
ただ所々に設置されているこのトラップを侮ってはなりません!!
知恵の輪のようなそのつくりは、多くのサイクリストの足下に襲いかかります・・。

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 さて、ここ淀川でも印象的な橋をたくさん見ることができました。しかも川幅が広いので長さが長いこと!!

(アーチが連なる水道橋)
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 2連の斜張橋もありました。

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 こちらは高圧電流の鉄塔ですが、コンクリートの土台の上に立っています。
あまり私の地元・中国地方ではみられない形態なので写真に収めておきます。

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 淀川沿いの道は見通しが良すぎて遠くまで見渡せるため、漕いでも漕いでもなかなか前に進まないように感じます。
なんとも精神的にしんどい思いをしましたが、ようやく「鳥飼橋」までやってきました。
 今度は、この橋をむこうに渡ることとします。


 さて、「毛馬水門」から「鳥飼橋」までは、いわば中盤の第2区間と呼べるもので、またしてもあえて名付けるとしたら「大河川・淀川沿いサイクリングロード」ということになるでしょう。

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 「鳥飼橋」の上にあがりました。
ここでは右に「大阪モノレール」左は「中央環状線」と「近畿自動車道」にサンドイッチされた形になります。

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 橋を渡った後は、ひたすら北へと走ります。

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 途中、摂津市に入りますが、そこには新幹線の基地があり、多くの車両を間近でみることができます。

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 その後、モノレールを追って、さらに北へ・・。

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 そして、ようやく「万博公園」に辿り着きました。

(大阪モノレール「万博記念公園駅」)
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 さて、「鳥飼橋」から「万博公園」までが終盤の第三区間となるのですが、なんといっても今回の旅の中ではこの区間が最も過酷でした。
前の区間においても橋を渡ることが多く高低差に苦しめられましたが、この区間に入るとそれに加えてこのような立体交差(歩道橋など)が登場します。しかも連続して・・。
そのたびに自転車を押して登っていかないといけないので、必要以上に体力を消耗してしまうのです。
 また、交通量の多い中央環状線沿いを走るため空気もよくないです。
これはまさしく、大都市圏におけるポタリングの洗礼を受けたと言っていいでしょう・・。

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 ということで、この区間を「戦慄!!中央環状線沿いサイクリングロード」と名付けます。


 さあ、これから「万博公園」を散策してみようと思いますが、この続きは次回ということにいたしましょう。(つづく)


☆この旅の続きはこちら → (第二回)万博公園への旅
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

 現地案内板
 大阪市中央公会堂ホームページ 
 ウィキペディア(Wikipedia)

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心残り・・

突然ですが、こんな面白いものを見つけてしまいました。

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わかるでしょうか?
樹木全体はほとんど落葉してしまっているのに、一部分だけ紅葉が残ってます・・。
しかも、今が盛りの紅!!


時は間もなくクリスマス・・。
いくら温暖な岡山市内といっても、さすがに紅葉の時期は終わってるんですがね~。


何か心残りでもあったのでしょうか??


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赤穂の旅(最終回)「日本人の心に宿る忠臣蔵」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~

「最終回 日本人の心に宿る忠臣蔵」


(あらすじ)
 今回は県境をこえて義士のふるさと播州赤穂にやってきました。そして12月の討ち入りの日を迎えようとしているこの町で散策に乗り出したのです。そして本レポートはその最終回。


この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ


 赤穂城の敷地一帯をあとにして向かったのは「赤穂玩具博物館」。義士関係の観光地以外では最も行きたかった場所です。
 建物の外観が見えてきましたが、遠目で見てもものすごい存在感!!(コテコテですっ。)

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 ここは古民家を改造してできた私設博物館で、館内には3000種を超える(館長いわく数えたことはないそうですが・・)なつかしいグッズが所狭しとならんでいます。
入場料は確か、大人330円だったと思います・・。

(ミゼットとスバル360が見えている・・)
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 博物館の入り口付近だけでも十分、昭和を感じることができます。

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 こちらは佐藤製薬のサトちゃん。
その昔、まだドラックストアなんてカテゴリーが存在しなかった頃、おばあちゃんと商店街の小さな薬局によく行ったものです。
子供がついていくと、必ずなにか販促品(薬品名の入った風船とか凧とか・・)のようなものをくれるのでそれが楽しみで・・

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 こちらはなつかしい看板です。
金鳥なんて、もはや日本のアイデンティティーといっても過言ではありませんね。
それから、カルピスもいい味を出しています!!

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 こちらは言わずと知れた「大村昆」の「オロナミンC」。


 その他、巷で見かける看板といえば決して外せないのが「松山容子」の「ボンカレー」。ただ、私の世代では松山容子本人は知らないのですが・・。
 それから「由美かおる」の「アース渦巻」。あのセクシーなポーズに子供ながらドキッとした記憶があります。
 あと「水原弘」の「ハイアース」ですかね。子供の時はスプレー缶を持つ単なるおじさんだと思ってましたが・・。
 館内には、もちろんこれらの看板もありました!!

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 昭和を十二分に堪能したので赤穂玩具博物館をあとにします。
そして、気がつくと時間もいい頃なので、そろそろJR播州赤穂駅へ戻ることにします。
 道中、情緒のある「花岳寺」あたりでは、このような古民家を見ることができました。

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 こちらは民芸品を売っているのでしょうか。店先がたいへん賑やかです。

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 来るときに見かけたからくり時計「義士あんどん」のところに辿り着きました。
時刻は午後4時すぎ、ちょうどからくり時計が開いているのを見ることができました。

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 そして、赤穂の町で最後に立ち寄ったのはここ「赤穂城下町船入跡」です。
江戸時代、赤穂城下は千種川の河口にひらけたことから河川・海上交通の拠点となり、大きな船着場がつくられました。ここの船入は、なんと東西100m・南北60mもあったそうです。
そして、そこには千種川を往来する高瀬舟や海上輸送を行う廻船が頻繁に出入りしていたといいます。

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 赤穂市の観光拠点でもあるJR播州赤穂駅に到着しました。今まで車で赤穂に訪れることは割とあったのですが、ゆっくり町中を散策するのは今回が初めてでした。
 赤穂といえば「義士」と「塩」、漠然とそのように考えていましたが、それだけではなく小藩でありながらも、きちんとした都市整備がなされた近代都市だったようです。
それは城下に張り巡らされた上水道設備や兵法に則って造られた赤穂城の縄張りに見ることができます。
そして、これらに加えて最先端の塩田技術などを持っていたことが内匠頭や義士のプライドに結びついていたのではないかと思います。
 彼らは劇中で語られる「田舎侍」では決してないのです。


 さて、この季節になると「忠臣蔵」のことを思い出す方が多いのではないでしょうか?
最近はそれほどでもないですが、昔は必ずといっていいほど12月にはドラマをしていましたよね!!(今はNHKで「薄桜記」をやってます。)
 立場の弱い者があらゆる理不尽に堪え忍びながらも最後は大恩ある主君の仇を討つ・・。そんな物語が日本では昔からもてはやされてきました。このことは日本人の心に「忠臣蔵」の精神が宿っている証拠とは言えないでしょうか。

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 あたりは夕暮れ時をむかえて気温も一段と下がってきました。
そろそろ赤穂をはなれて日生に戻ろうと思います。
 赤穂駅を出ると、もと来た道を西へと帰っていきます。途中、心臓破りの峠を越えると岡山県内に入ります。


 そして進路の左手には日生湾が見えてきました。しかし、行きは太陽に照らされて鮮やかなほどに青い湾内でしたが、帰りはすっかり闇に閉ざされて深く静かに横たわる暗い海へと変わっていました。(おわり)

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この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

 現地案内板
 赤穂市観光商工課パンフレット
 (社)赤穂観光協会パンフレット  


☆今回のポタリングデータ

  日付:2012年12月8日
  距離:32.4km/h
  最高速度:51.3km/h
  平均速度:16.7km/h
  消費カロリー:396kcal

(地図)




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赤穂の旅(4)「義士を祀る大石神社」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~


「第四回 義士を祀る大石神社」


(あらすじ)
 今回は県境をこえて義士のふるさと播州赤穂にやってきました。そして12月の討ち入りの日を迎えようとしているこの町で散策に乗り出したのです。
 ここまでは義士ゆかりの寺「花岳寺」や「赤穂城」をみてきました。そして第四回は義士を祀る「大石神社」に赴きます。


この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ


 白壁の建物が連なる「赤穂市立歴史博物館」にやってきました。
ここは平成元年に建設された博物館で、赤穂を代表する「義士」「塩」「城と城下町」「旧上水道」をテーマに展示がなされています。
 なかでも、今回訪れてはじめて知った「赤穂の旧上水道」については、とても興味深く観覧することができました。


 ずいぶんと寒い本日ですが、歴史博物館である程度暖まることができたので、そろそろ次の場所へ移動してみようと思います。

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 そして、やってきたのは「大石神社」。
ここは大正元年に鎮座した神社で「四十七義士」や赤穂藩主であった「浅野家」「森家」を祭神として祀っています。

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 なかでも、「四十七義士」が仇討ちの大願を果たした史実により「大願成就」「願望成就」の神として崇められています。
 参道には義士の石像がずらりと並んで圧巻です!!

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 この神社の敷地は、かつて大石内蔵助の邸宅があった場所だそうです。

(大石内蔵助の像)
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 四十七義士に最も若くして参加したのは内蔵助の長男「大石主税良金(ちからよしかね)」でした。
その歳はわずか16才だったといいます。

(大石主税の像)
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 さて、神社には「赤穂義士」と並ぶ忠臣として知られる「楠木正成」を祀る「神戸・湊川神社」から移築された「義芳門」と呼ばれる表門があります。
 残念ながら大きな写真はないのですが、下の写真では参道の奥に見える門です。

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 その「義芳門」の隣には、木彫りの大きな「えびすさま」と

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 「大黒さま」が立っています。

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 そして境内の奥には拝殿がありました。

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 また、拝殿の隣には宝物殿があります。ここでは義士ゆかりの展示物を観ることができます。

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 「義士発祥の地」と書かれた石碑の前でこのようなものを見つけました。

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 「心響石」だそうです。
実際は讃岐の安山岩「サヌカイト」だそうで、心に響く美しい音色からそう名付けられたとのことです。
棒で叩くと鉄琴のようないい音がします。
 ただ、大石神社や義士と「サヌカイト」の関連性がいまひとつわかりません・・。

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 そして「心響石」のとなりには、「さざれ石」がありました。
君が代で詠われる「さざれ石」は長い年月をかけ小石が接着し大きな塊になったものですが、「神が宿る石」といわれて崇められているようなのです。
 

 それでは、この辺で神社をあとにして再び城下に戻っていきましょう。(つづく)

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この旅の続きはこちら → 最終回 県境を越えて播州赤穂へ
この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ


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(参考文献)

 現地案内板
 赤穂市観光商工課パンフレット
 (社)赤穂観光協会パンフレット  
 (財)赤穂市文化振興財団発行「赤穂義士 史跡めぐり」

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赤穂の旅(3)「赤穂城登城」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~

「第三回 赤穂城登城」


(あらすじ)
 今回は県境をこえて義士のふるさと播州赤穂にやってきました。そして12月の討ち入りの日を迎えようとしているこの町で散策に乗り出したのです。


この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ


 駅前の通りを南へまっすぐ行くと、やがて赤穂のお城が見えてきました。
大きな櫓と石垣が立派な造りです。

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大手門、つまり城の表門では赤穂のゆるキャラ「陣たくん(左)」と高砂市の「ぼっくりん(右)」が愛嬌を振りまいています。

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 それでは大手門の橋を渡り、城内へ・・。

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 中に入ると高い石垣に囲まれた空間があります。
ここは枡型といって、進入してきた敵兵を閉じこめて攻撃するためにつくられた場所のようです。
そして、その枡型をジグザグと歩いてさらに奥へ・・。

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 忠臣蔵ウイークだからでしょうか、城内にはこのような灯籠が並んでいます。
夜に訪れると明かりが灯され、さぞかしロマンティックなことでしょう。

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 そして、さらに奥に行くと広い所に出ます。ここは城の三の丸にあたる場所のようで、かつては重臣の邸宅があったそうです。
 そして、忠臣蔵の主役である「筆頭家老・大石内蔵助」の邸宅もここにありました。

(大石邸長屋門)
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 大石邸の近くには、同じく討ち入りに参加した「片岡源五右衛門」の邸宅もあります。
彼は浅野内匠頭長矩(ながのり)から最も寵愛をうけた家臣の一人で、劇中では長矩が切腹する直前に最期の目通りをした人物として知られています。
 このほかにも、町を歩くと討ち入りに参加した義士たちの邸宅跡が多く見られるようです。

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 この水場があってきれいな場所は、かつて二の丸門があった付近です。

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 この2つの石は、二の丸門跡付近に置いてある「かんかん石」と呼ばれるもので、備え付けの小さな石で叩くと「カンカンッ!!」といい音を響かせます。

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 これは江戸時代の儒学者・兵学者であった山鹿素行(やまがそこう)の像です。
彼は初代藩主長直(ながなお)公に召し抱えられ、家中に兵法指南を行っていました。
 そしてその教えは、後の討ち入りに少なからず影響を与えているのではないでしょうか。

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 これは大石内蔵助の大叔父で、初代長直公時代に家老であった大石頼母助良重(たのものすけよししげ)の屋敷門です。

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 ここは領主が屋敷を構える本丸の表玄関である「本丸門」です。
赤穂城の本丸門は2つの門から成り、これは外側の門である「二の門・高麗門」です。
 ここには義士の方々がいたので、写真を撮らせてもらいました!!

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 一方、こちらが内側の門で「一の門・櫓門」です。
江戸時代につくられた本丸の門は、廃城となった際に取り壊されましたが、平成に入りこのように復元されました。

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 本丸内には領主屋敷、番所、倉庫などがありました。そして、むこうに見えているのは天守台です。本来ならば天守閣がそびえる所なのですが、赤穂城には最初から天守閣が造られなかったようです。
なぜなら、小藩である赤穂の財政が逼迫していたことと、天守閣を設けることによって幕府に目をつけられることを防ぐ思惑があったようです。
(義士祭に際してか、天守台の上には天守閣のような櫓が組まれていました・・。)

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 城下で整備されているのが見られた上水道ですが、当然ながらここ本丸内にも給水されていました。

(旧水道石組)
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 本丸まで流れてきた上水は、さらに配管され屋敷内のいろいろな部屋へ配水されました。(風呂とか台所とか・・)

(旧水道角枡)
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 これは本丸にある「大池泉」、この池の水は上水道から配水されていたようです。

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 城の北東に位置する「厩口門」から出て本丸の南側へまわってみます。

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 すると堀を眺めることができます。
赤穂城は石垣で形作られた城郭の美しさが特徴的で、大変貴重なものでありその遺構は国の史跡に指定されています。

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 二の丸の南側は緑地公園になっています。そして、ここには「遊水池」があり野鳥などの姿を見ることができます。

 江戸時代、川の上流から取水し城下町の水路を通った水は、城内に引き込まれ各所へ配水されました。そして残った水は本丸の堀に貯められたのですが、その際、堀の水量を調整したのがこの池なのだそうです。そして、最終的に余った水は海へと排出されたのです。


 海岸近くにひらけた赤穂の城下は真水に乏しく、それがために大規模な上水道の建設がはじまりました。そしてそれは必要なところにくまなく配水され、無駄なく利用される給水システムを作り上げたのです。

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 ここは二の丸を南北に分ける「西仕切門」です。ここまで来ると行き止まりのようなので、もと来た道へ帰ることとします。

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 仕切り門のむこうに見える山肌には、赤穂の「赤」という字が浮かんでいます。

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 私が訪れた日は気温が低く、なんといっても強風が吹き荒れていました。城内にはそれほど高い建物もないので、風当たりがとても強く実に寒い・・。
ということで、今度は隣接する歴史博物館に逃げ込むことに・・。
 この「清水門」を抜けるとまもなく歴史博物館です。
 なお、この「清水門」は、城を明け渡すときに大石内蔵助が名残を惜しみながら退場した門として知られています。(つづく)

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(参考文献)

 現地案内板
 赤穂市観光商工課パンフレット
 (社)赤穂観光協会パンフレット  
 (財)赤穂市文化振興財団発行「赤穂義士 史跡めぐり」

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赤穂の旅(2)「赤穂の城下をゆく(花岳寺)」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~

「第二回 赤穂の城下をゆく」


(あらすじ)
 今回は県境をこえて義士のふるさと「播州赤穂」にやってきました。そして、今まさに討ち入りの日を迎えようとしているこの町の散策に乗り出したのです。


この旅をはじめから表示する場合はこちら → 第一回 県境を越えて播州赤穂へ


 「JR播州赤穂駅」を出ると駅前通を南下していきます。

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 すると「旧上水道のモニュメント」が見えてきました。


 実は私は知らなかったのですが、ここ赤穂は江戸時代から上水道が整備された都市として知られていました。
もともと赤穂の城下町は千種川河口のデルタ地帯に形成されたので、井戸を掘っても海水しか出てこなかったようです。そのため、城下を整える上で水の確保が必要と判断した結果、大規模な上水道の整備に着手したのです。
 取水は千種川(昔は熊見川とよばれていた)の上流約7kmの場所で行い、そこから水路を通し城下まで通水しました。

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 また、通水には備前焼でつくられた配管などが使用されたようです。(ここにあるのは実際に発掘された配水管だそうです)


 ここ赤穂の上水は神田上水(江戸)・福山上水(備後)と並び日本三大上水のひとつに数えられているのだとか。

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 実は旧上水道モニュメントはこのような場所にあります。交差点の真ん中にドカッとあるので、少し危険ではあります・・。

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 赤穂の上水道は農業用水とは完全に分けて城下まで導水されていました。
また、水質の管理を行うために奉行を配し、巡視などもしっかり行っていたそうです。
そして、町なかにも浄水施設として大枡が設置されていました。(路上で黒い線に囲われたところが大枡のあったところ。大きさにして4m四方を数える)
ここでは竹簀(たけす)によってゴミを取り除いた後、枡に砂等を沈殿させて浄化を行っていました。

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 さらに南下していくと、まあたらしい時計台が見えてきました。
これは、町の新しい名所として近年になって造られた「義士あんどん」だそうです。
時計自体はからくり式になっており、毎正時に忠臣蔵の世界を再現したからくり演出が見られます。

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 からくり時計の隣には「息継ぎ井戸」とよばれる井戸があります。
これは、江戸城松之廊下で浅野内匠頭が起こした刃傷(にんじょう)事件を知らせるために江戸から緊急帰国した家臣2人が喉を潤した井戸と伝えられています。
 2人はここに立ち寄った後、大石邸に家中の大事を告げるため駆け込みました。彼らが江戸から赤穂への移動にかけた日数はわずか4日半だったそうです。


 ちなみに、千種川上流で取水された上水は分水された後、このような給水井戸という形で各町家に供給されていました。

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 息継ぎ井戸を過ぎ、今度は義士ゆかりの寺「花岳寺(かがくじ)」へ向かいます。
 参道は商店街通りとなっています。

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 曹洞宗の寺院である「花岳寺」は正保2年(1645年)、浅野家初代藩主長直によって同家の菩提寺として建立されました。

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 本堂の天井には安政年間に描かれた迫力のある絵を観ることができます。

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 この寺の山門は、もと「赤穂城」にあり塩屋惣門とよばれていたもので、明治になってこの地に移築されたようです。
 武家の門にふさわしい無骨な造りが特徴で、現在は赤穂市の指定文化財となっています。

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 一方、境内にあるこの鐘楼(しょうろう)は、別名「鳴らずの鐘」とよばれています。
 江戸時代、藩主の無念を晴らすため敵討ちを果たした義士たちでしたが、結果彼らは切腹して果てることになります。そして、そのことを悲しんだ民衆は寺に集まり、この鐘を音が出なくなるまで撞きまくったといいます。
 

 その後、音をなくした鐘は「鳴らずの鐘」といわれるようになったと伝えられています。このような由緒から、鉄が不足した戦時中であっても、その拠出を免れたそうです。

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 実はこの「花岳寺」には義士達の遺髪を納めた墓碑があるようです。
しかしながら、私のリサーチが甘く、今回は見ることができませんでした・・。
まぁ、いずれ近いうちに再訪したいと思うので、その時までの宿題にしておこうかと・・。(つづく)

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この旅の続きはこちら → 第三回 県境を越えて播州赤穂へ
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(参考文献)

 現地案内板
 赤穂市観光商工課パンフレット
 (社)赤穂観光協会パンフレット  
 花岳寺ホームページ

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県境を越えて播州赤穂へ 「第一回・義士のふる里 播州赤穂」 ~兵庫県赤穂市~

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ4
県境を越えて播州赤穂へ ~兵庫県赤穂市~

「第一回 義士のふる里 播州赤穂」



 今回は自転車生活ではじめての県境越えを決行。目指すは「播州赤穂(ばんしゅうあこう)」。
はたして年の瀬をむかえた義士のふる里では何が待っているのでしょうか?


 兵庫県との県境にある港町「日生(ひなせ)」。ここは岡山県を代表する漁港として知られています。

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 町の中にある「日生港」付近には多くの小型船が停泊しています。

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 そして今、一隻の漁船が沖をめがけて出港しようとしています。
 

 さて、今回はここ「日生港」を出発して、東に位置する「兵庫県赤穂市」に行ってみたいと思います。

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 「日生港」から山を挟んだ東側にある「日生駅前港」にやってきました。
漁船や小型観光船を主とする漁港的な日生港に対して、こちらはフェリーなどが入港する観光港です。港の目の前には「JR日生駅」があり、列車との接続にも便利なようになっています。
 岸壁にはトラックを一台乗せるのが精一杯と思われるようなかわいいフェリーも停泊していました。

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 港のある日生の中心街をはなれると、しばらくは日生湾の海岸沿いを走ります。
波穏やかな海と沖に浮かぶ「牡蠣いかだ」の風景がとても印象的です。

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 しかし、そんな心地よい海沿いの風景は長くとは続きません。するとまもなく、兵庫県との県境にどっかりと腰をおろす峠道にさしかかりました。ここからはしばらく上りが続きます・・。

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 そして、なんとか峠を上りきると県境の看板が!!自転車に乗りだしてから、初めての県境越えです。
 峠を越えると、今度は急な下り坂が続きます。
気温がかなり低いこの日、平地を走るときは暑いぐらいなのですが、ダウンヒルに入ると急激に体温を奪われてしまいます。

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 それでもなんとか峠を下ってくると、ようやく「赤穂」の市街地が見えてきました。

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 そして赤穂の市街地に入り、しばらく走ると「JR播州赤穂駅」に到着です。
さすがに観光地「赤穂」の中心駅だけあって、立派な構えです。
また、ここには観光案内所も併設されています。

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 ここ「播州赤穂」といえば言わずと知れた「忠臣蔵」のふるさと。
構内には義士に関するものをたくさん見ることができます。

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 これは駅前広場に立っている「大石内蔵助良雄(よしたか)」の像です。

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 また、駅舎内には四十七士のパネルがあり、

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 むこうには「浅野内匠頭長矩(ながのり)」辞世の句が掲げられています。

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 駅舎の入り口には記念撮影用の「顔出しボード」(というんでしょうか?)が置いてありましたが、何故かライダー義士が劇画タッチで描かれています!!

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 さて、12月14日は吉良邸討ち入りの日、ご当地赤穂では「義士祭」が開催されます。

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 また、本日(12/8)からは忠臣蔵ウィークと題して、あらゆる場所で特別イベントが催されているようです。はたして、義士のふる里赤穂でどのような発見があるのか、楽しみは尽きません。
 今回は討ち入りまで1週間を切った、いままさにシーズン真っただ中の播州赤穂を探訪してみたいと思います。(つづく)

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この旅の続きはこちら → 第二回 県境を越えて播州赤穂へ
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(参考文献)

  日生町観光協会パンフレット

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岡山湾岸の旅(4)「里山と寺(恩徳寺)」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ3
岡山市湾岸・初冬の風景 ~岡山市・中区~


「最終回 里山と寺」


(あらすじ)
 今回は海を見に岡山市の海岸沿いへ。そこでは、この地方を代表する壮観な「四つ手網」の風景を楽しみ、その後「西大寺」を経由して岡山市街地に戻ることとしたのですが・・。


この旅を最初から表示する場合はこちら →  第一回 岡山市沿岸・初冬の風景


 「西大寺緑化公園」を出発し、岡山市街へと帰ってゆきます。しかし、その途中で突如行ってみたい場所を思いつき寄り道をすることに。


 その場所へは「百間川(ひゃっけんがわ)」沿いを走ります。

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 道中、山沿いに柿の木を見つけました。日本の晩秋から初冬の風景と言ってもいいでしょう。

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 アップにすると、きれいに色づいているのがわかります。

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 そしてまもなくすると、「仁王門」が見えてきました。真言宗の寺院「沢田山(さわださん) 恩徳寺(おんとくじ)」です。
質実剛健とでも言えばよいのでしょうか、質素ではあるものの力強さを感じる仁王門です。

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 門に安置されている仁王像の前には、多くの「ぞうり」が結わえつけてあります。

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 この仁王門をくぐると、目の前には階段がありました。そして階段の上には本堂が見えています。

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 ここにある手水舎(ちょうずや)も質素ですが、屋根瓦などの雰囲気がとてもよいです。

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 階段を登り本堂にたどり着きました。
 「薬師如来」を本尊に頂く恩徳寺は、「備前四十八ヵ寺」のひとつに数えられる名刹だけに、立派な本堂を持っています。

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 また、この建物には色鮮やかな天井画があります。
これを見るだけでも行った甲斐があるというもの・・。

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 ここ恩徳寺の境内では、毎年2月に迫力ある「大護摩供・火渡祈願祭」が行われているそうです。

(大師堂)
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 さて、「沢田山 恩徳寺」は神仏習合のお寺として知られています。写真はないのですが、境内から見て仁王門の向こう側には鳥居が建っています。
 また、敷地内にはこのような末社を見ることができます。
写真の中にも小さな鳥居が見えています。今度はこの鳥居をくぐって先に行ってみましょう。

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 そして、鳥居の先にはお社がありました。
これは、境内に併存する稲荷神社で「竪厳宮(たていわぐう)」です。
 このあたりにも神仏習合の特徴が色濃く表れています。


 恩徳寺の背後にそびえる「操山(みさおやま)(三棹山)」は、かつてこの地方にあった吉備国における信仰上の聖地でした。

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 そんな経緯もあって神と仏が同時に祀られているのではないかと思えたりもします。

 
 こちらの末社の後ろには、色の落ちてしまった紅葉がひっそりと写っています。

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 お寺が所在する「沢田」の集落は、市街地近郊であるにもかかわらず、静かな山村の雰囲気が漂います。
近くには自然観察や軽登山などの拠点施設である「操山公園里山センター」が立地するなど、付近全体の自然が市民の憩いの場ともなっています。
 そして眼下に見える柿畑は、この集落が持つ山村の雰囲気をよりいっそう高めてくれているのでした。(終わり)

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☆今回のポタリングデータ

  日付:2012年12月1日
  距離:41.5km/h
  最高速度:29.0km/h
  平均速度:15.4km/h
  消費カロリー:410kcal

(地図)


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(参考文献)

  山陽新聞社発行「吉備の国寺社巡り 2011年版」

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岡山湾岸の旅(3)「岡山市東部の注目スポットでぶらぶら(西大寺緑化公園)」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ3
岡山市湾岸・初冬の風景 ~岡山市・東区~


「第三回 岡山市東部の注目スポットでぶらぶら」


(あらすじ)
 今回は岡山市の海岸沿いを訪れ、このあたりでみられる印象的な四つ手網の風景を楽しみました。
その後さらに東へと進んでいくと、まもなく海に別れを告げて・・。


この旅を最初から表示する場合はこちら →  第一回 岡山市沿岸・初冬の風景


 新岡山港から東上してきた海岸沿いの道が終わりにさしかかると、今度は北へと進路を変えます。
ここで、いままで見えていた児島湾の風景とはお別れです。


 北上してしばらく行くと、岡山市の東部にある西大寺の市街地に入ってきました。
このあたりでは、すでに海とは縁遠い雰囲気となり、今回のレポートの題名ともずいぶんとかけ離れてくる感は否めません・・。

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 さて、四つ手網を過ぎてから実はどこに行くのか全くノープランだったので、とりあえず西大寺に来てみたというのが本音のところです。
そんななか、行き着いたのがここ「西大寺緑化公園」です。
写真に写っているのは公園の核になる施設「百花プラザ」です。
この建物は緑化や環境に関する体験学習ができる施設で、中には図書館なども併設されています。

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 この緑化公園は東区の拠点「西大寺」の中心部近くにある都市型の公園で、平成22年に開催された「第26回全国都市緑化おかやまフェア」の主会場として整備されました。
土地として利用されたのはかつての「カネボウ錦糸西大寺工場」の跡地だそうです。

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 昔は仕事の関係でこの辺りによく来ていた私ですが、最近は10年以上訪れる機会もなく過ごしてきたので、この変わり具合にすこしビックリ!!たしかにかつてはここに工場のようなものがあったような・・。

 
 完成して数年の公園にはきれいな休憩所やベンチがたくさんあります。
このようにとてもよく整備された園内ですが、植樹された樹木などはまだ周りの風景になじんでないように見受けられ、多少取って付けた感もあります。
 まぁ、公園としての雰囲気が整うまでにはあと数年はかかるのかな。

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 園内は自然公園の様相を呈していて、このような人工の小川(多分人工・・)が流れています。

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 一角には雰囲気のいい遊具もありました。

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 さて、この公園単なる緑地公園ではありません。
それは、子供達が遊ぶこの広場の下に秘密があります。
(↓上の写真の再利用です・・)

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 実は広場の下には「耐震性緊急貯水槽」が埋設されているそうです。これは、地震などによって給水ラインが寸断されたときのための巨大な緊急貯水槽なのだそうですが、このあたりは「近代の都市型公園」だなぁと感じてしまいます。

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 中心施設である百花プラザの周りには池などもあります。

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 さて、緑化公園の北側には「西大寺グリーンテラス」とよばれるショッピングモールがあります。
ここにはスーパー・家電量販店・スポーツ用品店などがあり、これらと緑化公園が一体となり岡山市東部の賑わい創出拠点を形成しています。


 ここで少し家電量販店で安いパソコンを物色・・。実は自宅パソコンの調子が悪いのです。

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 再び園内に戻ってみると、このような葉ボタンが植えられているのを見つけました。この光景を見ると「あ~、年末なんだなぁ」としみじみ思います。

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 ずいぶんと気温が下がっているこの日、公園の上空を見上げていると雲の尾をひきながら飛んでゆく飛行機をみました。この分だと上空もさぞかし寒いのだろうと当たり前のことを思ってみたり・・。(つづく)

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この旅の続きはこちら → 最終回 岡山市沿岸・初冬の風景 
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(参考文献)

  現地案内板
  (財)岡山市公園協会ホームページ

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岡山湾岸の旅(2)「第二回・岡山海岸物語(四つ手網)」

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ3
岡山市湾岸・初冬の風景 ~岡山市・東区~


「第二回 岡山海岸物語(四つ手網)」


(あらすじ)
 今回は児島湾に面した岡山市の海岸沿いにやってきました。
第一回では、市街地の南に位置する「新岡山港」界隈をぶらぶらした後、海岸線を東へ・・。
そして辿り着いたのは、この地域を代表する風景がみられる場所でした。


この旅を最初から表示する場合はこちら →  第一回 岡山市沿岸・初冬の風景


 今回のポタリング最大の目的は、この光景を見ることでした。
 児島湾に面した岡山市東区の海岸沿いには、このような「四つ手網」の小屋が建ち並んでいます。

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 「四つ手網」は、一辺が約7m四方で組まれた網で魚をすくい取る漁法で、このあたりではアミ、ママカリ、ベイカなどが捕れるようです。
 このカニがハサミを振り上げた姿のようにも見える「四つ手網小屋」は、主に観光用で一般の人でも借りることができます。
 漁は夕方からはじまり翌朝くらいまで楽しめるようで、1棟借りるのはだいたい6千円~1万5千円くらいのようです。(広さなどによって違いがあるようです)
 
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 たくさん並ぶ小屋の中にはログハウス風のものもあります。

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 入り口が設置された陸側には、このようなバルコニーまで設けてありました。

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 その他に、こんなカラフルな小屋も存在します。

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 四つ手網の小屋の中にはテレビ・調理器・エアコン完備なんていう所も多いようですが、こちらには、カラオケまでついているようです。
これはもはや「漁のできるカラオケボックス」、演歌が似合いそうです・・。

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 四つ手網小屋の入り口付近から通りを撮ってみました。観光用とはいえ漁場の雰囲気が漂っています。
また、通りにはバーベキューセットが置いてあり、グループが捕った魚や持ち込んだ食材を焼いてワイワイ楽しむのにもってこいです!!

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 そんな四つ手網小屋ですが、近年の台風による高潮のため、その多くが倒壊の憂き目にあいました。
以前は六十棟ぐらいあったものが、二十数棟にまで減少してしまったそうです。
 現地では基礎だけ残されたものがかなりの数見受けられます。しかし現在は多くのファンの望みにこたえ、少しずつ復興がなされているようです。

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 観光四つ手網の主なシーズンは5月~11月だそうです。
私が訪れた時は、ちょうどシーズンが終わった頃でしたので、もの静かな感じでしたが、それでも間近で見ると壮観な光景です。
それこそシーズン中であればもっと賑やかなのでしょう。

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 岡山の沿岸部を彩る「四つ手網のある風景」・・これはぜひとも未来に残したい地元の宝なのでした。

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 今走っている海沿いの道で海側とは反対の方、つまり陸側には運河のような水路が流れています。そして、その向こうにはすっかり刈り取りが終わった田畑の姿が望めます。
 この辺りは江戸時代からの広大な干拓地で、写真のような農業用の大きな水路が整っています。

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 四つ手網小屋を離れて、さらに東上します。右手に見える児島湾には、かたちのよい小さな島が浮かんでいます。

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 また岸辺のはるか向こうには、以前渡った「児島湾大橋」が小さく見えています。

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 すると、まもなく波止場のような場所に辿り着きました。その波止場の先には大きな吉井川の河口が見えています。
そして、新岡山港からここまで走ってきたシーサイドコースはここで終了となります。


 この場所はかつて港が築かれていたのでしょうか?波止場の一角には、大きくて立派な「常夜灯」がそびえ立っていました。


 さて、ここからは北上して内陸部に入っていくのですが、この続きは次回で・・。

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この旅の続きはこちら → 第三回 岡山市湾岸・初冬の風景
この旅を最初から表示する場合はこちら →  第一回 岡山市沿岸・初冬の風景
いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

  山陽新聞タウンナビ
  (社)岡山県観光連盟「晴れらんまん。 おかやま旅ネット」

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(第一回)岡山市湾岸・初冬の風景 「海へ」 ~岡山市・中区~

2012ポタリングシリーズ・ファイナルステージ3
岡山市湾岸・初冬の風景 ~岡山市・中区~


「第一回 海へ」


 今回は児島湾に面した岡山市の海岸線を東へ。目の前に広がるのは初冬をむかえた青い海と、この地域にみられる珍しい風景でした。


1.新岡山港 

 気温は低いけれども夕方ぐらいまでは晴れ間が広がるという予報のもと、今回は岡山市の沿岸部へ海を見に行くことに。


 岡山市を出発すると、まず南に進路をとります。そして辿りついたのは「新岡山港」。小豆島に赴く際には必ず、お世話になる岡山の観光港です。
 工業用の岸壁からは遠くに小豆島行きのフェリーが見えています。

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 フェリーが見えているこちらの岸壁、実は新岡山港へのアクセス道路を曲がるとすぐ、距離にして数十メートルの所にあります。ですから夜中など路面が見えにくいときは勢いで海に転落してしまうことも・・。
そのため、交差点には「注意!! この先海」という緊迫感漂う看板が設置されています。

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 新岡山港に隣接する公園「市民の森」にやってきました。目の前の海には特徴的な小島が浮かんでいます。その形はまるで「ひょうたん島」のよう・・。
 ここ「市民の森」は、このように海へ面しているため、釣り人が多いことで知られています。

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 温暖な岡山市ではありますが、この辺りの紅葉も終わってしまったようです。冬の様相に変わった樹木の足下には、落ち葉が積もっています。
 ちなみに、この公園にはたくさんのネコがいて、あちこちで彼らが歩いているのを見かけます。

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 この日は冬型の気圧配置だったのでしょうか、気温が低く風も強く吹いています。強風であるため、雲の移動が早く、上空は晴れたり曇ったり変化が激しい状況です。

(風に吹かれる公園内の柳)
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 公園東側の海のむこうには、百間川河口の水門が見えています。

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 このあたりで、よい時間になってきたので昼食にすることとしました。公園内にある広場に座り、コンビニで買ったおにぎりにかぶりつきます。


 そして質素な食事が終わると、そろそろ次のポイントに向けて出発です。今度は公園から見えていた東側の海岸沿いを進んでいくことにします。

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2.児島湾沿岸道路を東へ

 海岸沿いを通る道に出ました。そして東へ向かっていると、対岸には先ほどいた釣り人と猫の楽園「市民の森」が見えています。

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 右手に児島湾を眺めながらさらに東へ向かっていると、このような石碑が目に飛び込んできました。
「国威宣揚」と書かれたこの碑は昭和15年に建てられたもののようですが、軍国主義の名残なのでしょうか?
 ネットで調べてみると、割といろんな所で見られるものではあるようです。

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 先ほどの公園から遠くに見えていた水門にやってきました。海岸道路に沿って水門の開閉機械塔がずらりと並ぶ姿は壮観です。

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 現在、この「百間川河口水門」は川の流量を増やして洪水を防ぐことを主目的に、水門の増築を行っているようです。
 大がかりな工事をしている最中の新しい水門に近づいてみました。ここではダイナミックで圧倒されるような造りを見ることができます。
 さて、今回増設される水門は従来のものとは少し形態が違うようです。調べてみると、水門は一般的にゲートが上下に開閉する方式が主流なのだそうですが、これは円形に見える部分が回転してゲートを開閉する「ライジングセクタゲート」とよばれるタイプを採用しています。。
 このタイプの水門は、ゲートを上下に開閉する必要がないため、建築物自体の高さを抑えることができ、景観や経済性及び耐震性に優れているとか・・。

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 ゲートの近くに「水門の碑」が建っていました。
が、工事に伴うのでしょうか?
石碑がしっかりと鉄製の補強材に支えられています。

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 水門を過ぎ、海に沿ってさらに東へ。するとまもなく、今回の目的だった場所が見えてきました。
少しでもはやくそこへ・・と。
気持ちがはやる所ですが、この続きは次回といたしましょう。(つづく)

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いままでの旅のリンク集はこちら → ポタ麿旅のトビラ

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(参考文献)

  国土交通省岡山河川事務所ホームページ 
  ウィキペディア(Wikipedia)


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