スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ミニ・ポタ紀行「犬養木堂生家を訪ねて」

ミニ・ポタ紀行
犬養木堂(いぬかいぼくどう)生家を訪ねて」


 今回は、岡山市中心部から西へ約10km、岡山市と倉敷市の境界付近にある「犬養木堂生家及び記念館」を訪ねました。(なお、木堂とは犬養毅(いぬかいつよし)が称した号です)

②木堂の小道


 自転車を専用駐車場に置き、ここから生家までは小道を歩いてゆきます。

②木堂の小道2

 
 生家までは看板と

③木堂の生家


 道路に埋め込まれたパネルがエスコートしてくれます。

②木堂の小道5


 道中には水路や

②木堂の小道3


 立派な梵鐘をもつ神社

②木堂の小道6


 また、このような古民家ギャラリーもありました。

②木堂の小道4


 適度に整えられた小道を行きつくと、「犬養木堂の生家」が見えてきました。

(木堂生家の表門)
③木堂の生家19


 この建物は昭和51年に犬養家から岡山県に寄贈され、一度解体修理されたのちに正徳年間(1711~1716)に建てられた時の姿へ正確に復元されたもののようです。

(生家の表側)
③木堂の生家2

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ここでは木堂が生活をしていた頃の雰囲気と歴史を感じることができます。また、隣接する記念館では木堂についての資料を見ることができます。
 それでは少し木堂の生涯について触れてみましょう。

(生家の中庭側)
③木堂の生家4


 木堂は安政2年(1855)、備中国(庭瀬藩)の川入にある大きな庄屋の次男として誕生しました。

(生家の中庭・右手の建物は「木堂塾」と名付けられた研修施設)
③木堂の生家3


 小さな頃から学問に熱心で、長じてからは上京して福沢諭吉が開いていた慶應義塾大学に入学します。その時、学費や生活費を工面するため西南戦争の従軍記者を務めたことなどにより、ジャーナリストとして活動をはじめます。

(生家内)
③木堂の生家16


 その後、大隈重信の立憲改進党に加わり、以後は生涯を通じて政治家として活躍することになります。

(生家内)
③木堂の生家15


 70歳の時、念願であった「普通選挙の実現」を果たした木堂は、一時政界引退を宣言しますが、地元選挙区民の圧倒的な支持を受け、再選を受諾せざるを得なくなります。

(生家内)
③木堂の生家13


 その数年後、内閣総理大臣に就任してむかえた昭和7年5月15日、首相官邸において海軍青年将校らの襲撃を受け、その凶弾に倒れました。(享年78歳)
 以後、日本は太平洋戦争に向けて突き進むことになります。

(生家裏庭向き縁側)
③木堂の生家14


 「五・一五事件」においてあまりにも有名な「話せばわかる」という言葉は、木堂の政治信条である「相手と話すこと、議すること」から発せられた心の叫びであったのでしょう。

(生家裏門への通路)
③木堂の生家18


 木堂には「憲政の確立」、「藩閥の排除」、「普通選挙の実現」「政党政治の確立への貢献」など多くの偉業がありますが、私が最も驚かされたのは、帝国主義的発想が当たり前であった時代(昭和初期)にありながら、アジア諸国との協調路線を提唱するという、まさに今日的な発想を持った政治家であった点でしょう。

(生家裏門)
③木堂の生家11


 平和を希求した木堂は、この「ハナノキ」をこよなく愛したそうです。

(敷地内に植樹された「ハナノキ」)
③木堂の生家6


 さて、こちらは生家に隣接する「犬養木堂記念館」です。

(「犬養木堂記念館」の入り口)
③木堂の生家7


 ここには木堂の生涯を物語る貴重な資料が展示されています。

(記念館の中に造られた、なまこ壁の町並み)
③木堂の生家8


 また、ここでは木堂の肉声による演説を聴くことができます。それを聴くと話し方が理路整然としており、現代の人が聴いても全く古臭さを感じないように思いました。いや、スピーチ技術が十分に研究し尽くされた現代の演説以上に、より説得力のある演説ともいえるものでした。

(記念館敷地内の中庭)
③木堂の生家12

 一方で木堂には秀でた書道家としての一面もあり、書を書いてほしいと頼まれることがよくあったそうが、あまりに多すぎて、そのほとんどを断っていたそうです。しかし、若い人に頼まれると断ることができなかったようで、このあたりに木堂翁が未来ある若い世代を大事に思っていたことがあらわれています。

(記念館の外塀と水路)
③木堂の生家10


 私はここを訪れるまで、「犬養木堂」という人のことは学生時代に日本史で習った程度のことしか知りませんでした。まあ、政治家のことですので賛否両論はあるかと思いますが、私の印象は「信念に生きた人」という感じでした。

(記念館敷地内の庭)
③木堂の生家9


 生家を出た後、最後に立ち寄ったのが「木堂の墓所」です。この敷地の中にひっそりとお墓がありました。

④木堂墓所2


 墓所の入り口には石碑もありました。

④木堂墓所


 今回のポタリングでは、わずかの時間ではありますが、一人の偉人の生涯を垣間見て、少し感傷的な気持ちになりました。志半ばで凶弾に倒れた木堂の気持ちはどのようなものだったのでしょうか?そして木堂に現在のわが国はどのように映っているのでしょうか?
 先人に恥じない社会を目指さないといけないと思うのでした。


前回のポタリング記事はこちら → 小豆島八十八カ所巡礼②・前編


犬養木堂の生家と記念館(岡山市北区川入102-1)

 開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
 休 刊 日:毎週火曜日(祝日は除く)、祝日の翌日(土・日は除く)
      年末年始(12月28日~1月4日)
 入 館 料:無 料
 U R L:http://www.maroon.dti.ne.jp/inukai.bokudo/

 ※休館日等は上記HPにアクセスし、直接施設にお問い合わせください。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
スポンサーサイト

(後編)島四国八十八ヶ所巡礼2 ~ 小豆島 ~

後篇です
2012ポタリングシリーズ(ファーストステージ④)
(後編)島四国八十八ヶ所巡礼2 ~ 小豆島 ~

(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示


 ここからは、瀬戸内海の島々をのぞむ海岸線を走ります。

⑦等空庵


8.第66番札所「等空庵(とうくうあん)」(香川県小豆郡土庄町伊喜末南条)

 すると、海岸沿いの集落の中にある古風な庵「等空庵」に辿りつきました。

⑦等空庵2


 等空庵のご朱印です。

等空庵


 さて、等空庵の周りには古い町並みを見ることができます。ん?あれは!!

⑦等空庵3


 かわいい交通標識を発見しました。

⑦等空庵4


9.第68番札所「松林寺(しょうりんじ)」(香川県小豆郡土庄町伊喜末)

 ここ「松林寺」本尊の薬師如来は「眼病とイボ取りのお薬師様」として信仰されています。

⑧松林寺2


 境内は庭園のようにきれいに整備されていました。そして、ここではお寺の方にお茶の接待を受けました。ちょうど疲れが出始めていたころだったので、とてもありがたかったです。

⑧松林寺3


 ちなみに、この寺の梵鐘(ぼんしょう)は土庄町の文化財に指定されています。

⑧松林寺5


 松林寺のご朱印です。

松林寺


 さて、寺のそばに「虎屋敷跡」と書かれた碑がありました。気になったのでお寺の方にきいてみると、「豊臣秀吉の朝鮮出兵に参戦していた加藤清正が、虎を褒美として受け取り帰国していたところ、その虎の具合が悪くなり、この場所でしばらく静養させたと伝えられているとのこと。また、その時から虎を陸揚げした近くの浜を「虎の浜」と呼ぶようになった」と教えていただきました。

⑧松林寺


10.第67番札所「瑞雲堂(ずいうんどう)」(香川県小豆郡土庄町伊喜末)

 「瑞雲堂」は柑橘類を栽培する段々畑の中にポツンとある、かわいらしいお堂です。小高いところにあるので、先ほど教えていただいた「虎の浜」がよく見えます。

⑨瑞雲堂


 瑞雲堂のご朱印です。

瑞雲堂

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

11.第69番札所「瑠璃堂(るりどう)」(香川県小豆郡土庄町小江)

 「瑠璃堂」は趣のある小さな漁師町を抜け、少し高台に登ると見えてくるお堂です。

⑩瑠璃堂


 瑠璃堂のご朱印です。

瑠璃堂


 瑠璃堂がある高台から漁師町を見下ろしてみました。

⑩瑠璃堂3


 趣のある町並みの中には、狭い路地がたくさんあり、まるで迷路のようです。こんな細い登り坂もありました。

⑩瑠璃堂2


 集落のメイン通りには・・

 ⑩瑠璃堂4


 昔なつかしい「たばこ屋さん」。残念ながら今は営業をされていないようです・・。

⑩瑠璃堂5


 漁港の風景です。たくさんの漁船がところ狭しと並ぶ、このゴチャゴチャした感じが郷愁を誘います。

⑩瑠璃堂.6jpg


 さすが港の診療所、目印は「いかり」です!!

⑩瑠璃堂.7jpg


12.渡船場

 瑠璃堂を後にして移動していると、こんな看板が目に飛び込んできました。

⑪長勝寺まで2


 渡船があるようです、行ってみましょう。
対岸の小さな島まで渡してくれるようです。島特有の交通手段ですね。

⑪長勝寺まで


 渡船場の脇にあった倉のような建物です。壁面には味のある「まるは」の文字が・・。

⑪長勝寺まで3


13.第70番札所「長勝寺(ちょうしょうじ)」(香川県小豆郡土庄町長浜甲)

 しっかりとした鐘楼門が目をひく、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)ゆかりのお寺「長勝寺」です。

⑫長勝寺.6jpg


 元禄15年(1702)に、忠臣蔵で有名な大石内蔵助の旧宅を庫裏として購入し当地に移築した経緯があるようです。

⑫長勝寺.3jpg


 こちらが本堂です。

⑫長勝寺5


 本堂の隣には「大石内蔵助堂」がありました。

⑫長勝寺4


 納経帳にご朱印をいただこうと思ったところ、こんなことになっていました。都会ではあり得ない、おおらかさが良いですね。

⑫長勝寺2


 そして、これが自分で押した長勝寺のご朱印です。もちろん納経料は払いましたよ!!

長勝寺


14.ゴール・土庄港

 これは土庄港近くの広場にあった「平和の群像」です。

 「平和の群像」は壺井栄(小豆島出身)の作品「二十四の瞳」に登場する、大石先生と12人の生徒たちをモチーフにした像で、昭和31年11月10日に、作家の壺井栄や同名の映画で主演した高峰秀子らが出席して除幕式が行われたそうです。
 この像には人々の平和と幸せを求める永遠の願いが込められおり、題字は内閣総理大臣「鳩山一郎氏」(当時)によるものだそうです。

⑬平和の群像


 同じく広場内にあった「尾崎放哉(おざきほうさい)上陸地の碑」です。

 尾崎放哉は大正時代の俳人で、世人に受け入れられないことから、放浪生活を繰り返した末、ここ小豆島に流れ着きます。島では西光寺奥の院「南郷庵(みなんごあん)」の庵主に落ち着くも、在島八ヶ月で病により生涯を閉じました。
 放哉の作風である季語を含めない自由な俳句は、「人」というものに対する愛憎の狭間で生まれたようでもあります。
 港の近くに放哉の記念館があるそうなので、折を見て訪ねてみたいと思いました。

 以下は特に印象に残った放哉の句です。

「咳をしても一人」
「こんなよい月を一人で見て寝る」
「蛙たくさんなかせ灯を消して寝る」
「釘箱の釘がみんな曲がっている」
「これでもう外に動かないでも死なれる」

⑬平和の群像2


(あとがき)
 2月の来島から少しインターバルがあったため、小豆島はすっかり初夏のイメージとなっていました。一般的に春からシーズンインといわれる「お遍路」ですので島には何組かの、お遍路姿の人を見ました。ですが、なかなか札所では出くわすことがないようです。島の中とはいえ、全部で94ヶ所の札所が点在しているのだから当然といえば当然でしょうか。
 さて、過去2回の旅で17ヶ所の札所に赴きました。しかしまだ、94ヶ所のうちの17です。この先を考えると楽しみでもあり、少し不安でもありますが、小豆島の人と風土と伝統の深さを、心ゆくまで味わっていきたいと思います。

☆累積探訪札所 17ヶ所(今回 9ヶ所)、残りの札所 77ヶ所

前回のポタリング記事はこちら → 片鉄ロマン街道ポタリング(津山-柵原-備前)第1回
(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示



☆今回のポタリングデータ

  日付:2012年5月19日
  距離:20.7km
  最高速度:----km/h
  平均速度:15.5km/h
  経過時間:2時間10分06秒
  消費カロリー:335kcal


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

(前編)島四国八十八ヶ所巡礼2 ~ 小豆島 ~

2012ポタリングシリーズ(ファーストステージ④)
(前編)島四国八十八ヶ所巡礼2 ~ 小豆島 ~


 2月におこなった「島四国八十八ヶ所巡礼」の2回目ということで、春の小豆島を訪れました。今回は前回の巡礼の続きをレポートいたします。

1.おりんぴあ どりーむ

 鮮やかな黄色い花に彩られた岡山の玄関口「新岡山港」

①フェリー.13jpg


 正面の海から白いフェリーが入港してきました。

フェリー


 小豆島行きのフェリー「おりんぴあ どりーむ」です。

①フェリー3


 両備フェリーの新型船「おりんぴあ どりーむ」は九州新幹線「つばめ」などをデザインした岡山市出身の水戸岡鋭治(みとおかえいじ)氏がデザインした船で、2005年に新岡山港~小豆島・土庄港間に就航しました。

①フェリー2


 さすがに新造船らしく、船内はバリアフリー構造となっており、エレベータも設置されるなど、人に優しい設計となっています。

①フェリー12


 ここは4階展望デッキです。

①フェリー6


 あれは!!
なんと煙突の下に足湯がありました。エンジンの余熱を利用するシステムのようです。

①フェリー7


 さすが有名デザイナーがデザインしたフェリーです。つくりがおしゃれ・・。

①フェリー10


 こんな場所もありました。船長さんになったよう・・。

①フェリー9


 広いサイドウォークからの眺めは最高!!

①フェリー4


 きれいなレストランも完備されています。

①フェリー11


2.スタート  小豆島・土庄(とのしょう)

 今回のスタートは、ここ「土庄港」です。

②土庄港


 まずは、港の近くにある札所をめざしましょう。
小豆島の札所へは、このような看板があり、きっちり案内してくれます。

③蓮華庵・大乗殿

 
 最初の札所にたどりつく手前で、このようなものを見つけました。昔懐かしい「手押式ポンプ」です。しかもまだ現役として使われているようです。

②土庄港2


3.第62番札所「大乗殿(だいじょうでん)」・第63番札所「蓮華庵(れんげあん)」(香川県小豆郡土庄町大木戸)
  

 札所に行くには、このような道を辿っていきます。

③蓮華庵・大乗殿2


 この札所は、一つの建物が2つに仕切られており、向かって左側が「大乗殿」で、右側が「蓮華庵」です。

③蓮華庵・大乗殿4


 ここは土庄地区の小高いところにある、とても眺めの良い場所です。稜線のきれいな山を仰ぎ見ることができました。

③蓮華庵・大乗殿3


 また、大乗殿・蓮華庵の前には、石鎚神社、大師堂、薬師堂と、たくさんのお堂が建ち並び、意外と賑やかな札所でした。
そして、ここで男性のお遍路さんといっしょになったので、軽く挨拶を交わしました。

③蓮華庵・大乗殿5


 「大乗殿」のご朱印です。

大乗殿


 「蓮華庵」のご朱印です。

蓮華堂

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

4.第57番札所「浄源坊(じょうげんぼう)」(香川県小豆郡土庄町渕崎甲)

 浄源坊の境内は、小豆島の中心地区にありながら、ここだけホッと和める空間といった感じでした。
本尊は恵心僧都(えしんそうず)作と伝えられる子安地蔵菩薩で子宝祈願などに人々が訪れるそうです。

※恵心僧都・・・平安時代中期の天台宗の高僧

④浄源坊2


 これは香川県指定天然記念物の「ウバメガシ」です。境内の中ではひときわ存在感がある樹木でした。

④浄源坊3


「浄源坊」のご朱印です。

浄源坊

 
 浄源坊を後にする時、なかなか趣のある商店をみつけました。

④浄源坊


5.第57番札所「本覚寺(ほんかくじ)」(香川県小豆郡土庄町渕崎甲)

 山門の石段が急なため、エレベータが併設されているという近代的な設備も有するお寺。

⑤光明庵・本覚寺10


 境内は穏やかな海に面した高台にあり、瀬戸内海を行き交う船を眺めることができます。

⑤光明庵・本覚寺


 また、敷地内にはいくつかのお堂が点在しており、雰囲気のあるお寺です。

⑤光明庵・本覚寺6


ここが本堂です。

⑤光明庵・本覚寺4


 そして、これは訪れた人に強烈な印象を与える「等身大お遍路さん人形」です・・。

⑤光明庵・本覚寺5


 本堂の中では、「不動の霊水」を飲むことができます。冷たくておいしい!!

⑤光明庵・本覚寺7


 ここは「護摩堂(ごまどう)」です。

⑤光明庵・本覚寺3


 ここ「観音堂」には、インドのネルー元首相(1889~1946)をはじめとして、約10万人の頭髪で編まれた観音様の刺繍が祀られています。無料で見せてもらえるということだったので、お寺の方にお願いして見せていただきました。掛け軸のような刺繍細工に黒い縁取りで観音様が描かれていましたが、この縁取りこそが10万人の頭髪による刺繍であるようでした。これは、さすがにインパクトがありました!!

⑤光明庵・本覚寺9


 「本覚寺」のご朱印です。

本覚寺


6.第65番札所「光明庵(こうみょうあん)」(香川県小豆郡土庄町渕崎甲)

「光明庵」は本覚寺の境内に隣接する札所です。庵には多くの仏像が祀られており、庵内は明かりを落として暗くしてあるので、心がとても落ち着く場所でした。

⑤光明庵・本覚寺11


 光明庵を後にして、自転車を漕いでいると、さきほど「大乗殿」でお会いした「お遍路さん」が歩いておられました。お互いにっこりと会釈を交わし、双方の旅の無事を祈ります。


 「光明庵」のご朱印です。

光明庵


7.海岸道路

 次の札所にむけて、海沿いの道路をすすみます。するとこのようなものを発見!!

⑥周回道路


 看板と同じようなシチュエーションで写真を撮ってみました。要はこのような状態から前にすすんでいくと、目の錯覚によって、いくらフェリーに近づいても、それ以上に早くフェリーが遠のいて見える・・ということなのでしょう。

⑥周回道路2


 さあ、しばし海岸道路に誘われるまま、次の札所をめざしていきましょう!!

⑥周回道路3

この続きはこちら

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ぶらり☆まち歩き

今日は所用があって倉敷にいってきました。

まちあるき


そして、少し空き時間があったので近くを町ブラです・・。

船


ここは、いつ来ても古風な日本の趣があり、粋な町並みです。

旅館倉敷


かわいい「倉敷はりこ」の置物が飾ってありました。

トラ


今日は、とても暑かったせいか、冷たいものが無性に欲しくなりました。そんな時、甘党の私はこれです!!
お抹茶ソフト・・。本格的な抹茶味が倉敷の町ブラにぴったり!!

アイス


最後に立ち寄った神社で見つけた「幟」ですが、何と書いてあるのでしょうかね??

幟

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

岡山の偉人伝 ~空を翔けた男~

表具師幸吉(ひょうぐしこうきち)(浮田幸吉)

 岡山市北区に架かる「京橋」の程近く・・、ここに「表具師幸吉」の碑がありました。

江戸時代の中頃、掛け軸や屏風の修理やふすまの張替えなどを生業とする表具師幸吉は、大空を飛ぶという大きな夢を抱いていました。

そこで彼は、夢を叶えるため、鳩の体重と翼の大きさの割合を参考に、自分の体に見合う大きな翼をつくり、それを体にくくりつけて京橋の欄干から川へむけて飛行実験を試みたそうです。

実際飛行が成功したのか、失敗に終わったのか定かではありませんが、米国のライト兄弟より110年以上も前のことだというのですから、そのチャレンジ精神たるもの素晴らしいじゃあないですか!!

ところが、この飛行実験で世間を騒がせたことにより、幸吉は時の藩主により岡山藩から追放されてしまいます。

前代未聞の幸吉によるチャレンジには、まさに彼の意地と名誉がかかっていたのです。

平成9年(1997年)、幸吉の岡山追放が旧岡山藩主の池田家現世当主により解かれることになり、ここにようやく彼の名誉が回復します。

現代人にとっては、当たり前のような空の旅ですが、幸吉の時代の人たちにとっては、あまりにも早すぎた夢だったのかもしれません・・。

関連記事はこちら → 「鳥人幸吉のふる里探訪ポタリング」 

表具師

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

いぬほこ

ゴールデンウィーク中から苦しんでいた「歯痛」に決着をつけるべく、今日は意を決して、かかりつけの歯医者さんへ・・。

すると医院の程近くの神社に、この様なものが・・。

いぬほこ

何と呼ぶべきでしょうか?「こまいぬ」「しゃちほこ」・・・あえて言うなら「いぬほこ」なのでしょうかねぇ?

見てください、力みに力んだ、この顔つき!!

いぬほこ2

当然のことながら、対面にはもう一対「いぬほこ」がおり、お互いに反り返ってガマン大会です!!

さて、歯痛の呪縛から解き放たれ、明日は久しぶりの自転車旅・・。

天気は良さそうなので、おもいっきり羽をのばしてきましょうかね。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

NO.3 津山・柵原・備前 片鉄ロマン街道を走る!(柵原の町・片鉄ロマン街道)

2012ポタリングシリーズ(ファーストステージ③)
NO.3 津山・柵原・備前 片鉄ロマン街道を走る!(柵原の町・片鉄ロマン街道)

(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示


10.柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園(岡山県久米郡柵原町吉ヶ原)

 ここは「柵原ふれあい鉱山公園」です。では、公園内を散歩しながら柵原の町について、少しふれてみたいと思います。

⑫柵原2


 ここ柵原は、昔から硫黄を産出することができる硫化鉄鉱の産地として知られていました。

⑫柵原11


 戦後になり、化学工業の発展に伴い、肥料や繊維などの生産がさかんになると、それらの原料である硫黄の必要性から柵原鉱山の開発が進み、1960年代には全国有数の鉱山町へ発展します。

⑫柵原


 一方、採掘された鉱石の運搬手段のため、1931年には柵原と備前片上港を結ぶ「片上鉄道」が完成し、鉱山の開発と歩調をあわせて発展していきます。

⑫柵原8


 しかし、石油から化学的に硫黄を生産できるようになると、柵原鉱山は衰退の一途をたどり、1991年に閉山をむかえます。

⑫柵原15


 そして、その後を追うように片上鉄道も同年6月末廃止となりました。

⑫柵原9


 ですが、片上鉄道には微かな息づかいを感じます。車窓からプラットホームを眺めてみました。ホームの人影が往時を偲ばせます。

⑫柵原10


 アナログ風な改札では、きっぷ切りの小気味よい音が聞こえてきそうです。

 ⑫柵原6


 ひょうっと駅長さんが顔を出しそう・・

⑫柵原14


 今にもホームから滑りだしそうな客車 

⑫柵原7


 鉱石を積み込む際の、にぎやかな音が響いてくるようです。

⑫柵原13


 ここは園内にある「柵原町鉱山資料館」です。にぎやかだったころの鉱山町・柵原を体験する事が出来る施設です。

⑫柵原12

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

11.片鉄ロマン街道

 廃線となった片上鉄道は、平成15年11月、自転車道「片鉄ロマン街道」としてよみがえります。

⑫柵原4


 ここが「片鉄ロマン街道」柵原側の出発点です。では、この道を利用して終着「備前片上」まで南下していきましょう。

⑬ロマン街道


①おもかげ

 ここ「片鉄ロマン街道」沿道には、かつての片上鉄道の面影を見ることができます。
これは鉄道をイメージさせる「距離標」です。

⑬ロマン街道4


 往時のプラットフォームを見ることができます。

⑬ロマン街道6


 これは駅名の表示板です。

 ⑬ロマン街道7


 かつての駅舎を利用した休憩所も数ヶ所あります。

 ⑬ロマン街道5


 合図を送る主を待ち続ける「信号機」が・・。ノスタルジックな風景です。

⑬ロマン街道11


 沿道には一定距離ごとにトイレが完備されています。これはかつての駅舎を模した設備。

⑬ロマン街道22


②平賀元義楯之舎塾跡入り口

 ここは、幕末の歌人「平賀元義」の私塾があった場所のようです。

⑬ロマン街道2


③天神山城址(岡山県和気郡和気町田土)

 ここは戦国大名「浦上氏」の拠点、天神山城址です。一時、浦上氏は主家「赤松氏」を退け、備前国の支配権を掌握します。しかし、今度は家臣であった宇喜多直家によってその権力を剥奪されてしまいます。ここ備前国でも「下剋上」が起こっていた時代でした。

⑬ロマン街道8


 これは天神山城の麓にある集落で見つけた建築物です。右側に見える三角窓が印象的。

⑬ロマン街道9


 これは天神山トンネルです。2つの小さなトンネルが連続しており、その中をロマン街道は通っています。
ここを通過するときは、まるで自分が鉄道を運転しているかのよう・・。

⑬ロマン街道10


④和気町

 和気町の中心部に入ってくると、山肌に建造物が見えてきました。「和気観音」様だそうです。 

⑬ロマン街道13


 片鉄ロマン街道と書いてある鉄橋を渡ると・・

⑬ロマン街道14


 JR和気駅に入ってきました。ここにはかつて「片鉄・和気駅」があり、JRとの中継点として、最も利用客が多い駅だったようです。

⑬ロマン街道15


 和気を過ぎると、ロマン街道も終盤をむかえます。しばしの直線道路を進み

⑬ロマン街道16


 爽やかな林道を過ぎ・・

 ⑬ロマン街道17


 峠に空いたトンネルを抜けると

⑬ロマン街道18


 サイクリングの拠点「備前市サイクリングターミナル」に着きました。

⑬ロマン街道19


 ここで一服・・。

⑬ロマン街道20


 そして、坂を下りきるとゴールです!!

⑬ロマン街道21


12.輪行Ⅱ

 ☆JR西片上駅

  ここで自転車を輪行袋に収納しました。所要時間約10分、なんとか収納完了!! 

⑭輪行


 ☆JR赤穂線・車内

⑭輪行2


 ☆岡山駅

  岡山駅に無事到着。
 (祝)輪行完了!!

⑭輪行3


(あとがき)

「自転車を手に入れたらロマン街道を走りたい!」かねてより私はそう思っていました。そして、その時は輪行と組み合わせた行程を作成し、今春のメインイベントにするつもりでいましたが、今回その両方を遂行できたことはとても満足できるものでした。
 第一の目標を達成できたからこそ次がある・・。また新しい目標に向かって突き進むことができるのです。
この夏には、もう少し大きな旅を予定していますが、今回の成功は必ずその礎となるでしょう・・。

前回のポタリングはこちら → ミニポタ紀行「太戸の滝」
(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示

☆今回のポタリングデータ

  日付:2012年4月30日
  距離:78.2km
  最高速度:46.6km/h
  平均速度:14.4km/h
  経過時間:5時間32分41秒
  消費カロリー:928kcal



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

NO.2 津山・柵原・備前 片鉄ロマン街道を走る!(美作国分寺・福力荒神社)

2012ポタリングシリーズ(ファーストステージ③)
NO.2 津山・柵原・備前 片鉄ロマン街道を走る!(美作国分寺・福力荒神社)

(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示


5.JR東津山駅(岡山県津山市川崎)

 ここはJR姫新線(きしんせん)因美線(いんびせん)が乗り入れる東津山駅です。因美線は津山と鳥取を結ぶ路線で、かつては山陽・山陰の主要連絡路線でした。しかし、1994年に智頭(ちず)急行が開業してからは、その座をそちらに譲り、現在は全線を運行する列車はなくなっています。

 東津山駅の敷地の端にひっそりと建つのは「鐵道開通七十年記念」の石碑です。
日本の鉄道が開通して70周年を迎えた、1942年に建てられた記念碑のようです。

⑥東津山駅


6.美作(みまさか)国分寺跡(岡山県津山市国分寺)・・・国指定史跡

 美作国は、713年に備前国の北部6郡を分割してつくられた新しい国です。

⑦美作国分寺3


 他国の国分寺と同じく、741年の聖武天皇の詔勅によって造営されましたが、平安時代に衰退してしまったようで、現在建物等は残っていません。

⑦美作国分寺


 これは美作国分寺の礎石のようです。
 
⑦美作国分寺2


 2000年の発掘調査の結果、かつては全国でも最大規模の塔が建築されていたのではないかと考えられています。
 なお、以下が復元図です。 
 
 これで、図らずも「(祝)県内・三国分寺探訪」達成です・・。

⑦美作国分寺7


 これは国分寺のそばにあった「国分寺飯塚古墳」です。備前・備中・美作、すべての国分寺の近くには古墳がありました。やはり、太古より国分寺近辺は栄えていた場所だったのでしょうか。

⑦美作国分寺4


7.福力荒(ふくりきこう)神社(岡山県津山市福力)

 まむし除けと安産の神様として知られる津山市内の神社で、境内の砂を持ち帰り家の周りにまくと、まむしが寄りつかなくなるといわれているようです。

⑧福力荒神社3


 毎年、旧暦の正月三が日には、大祭が行われ10万人の人手で賑わうそうです。

⑧福力荒神社2


 当日は多くの露店が軒を並べるそうですが、数だけではなく墓石やトラクターなどを売る店もあるのだとか・・。

⑧福力荒神社


 大祭があるということは以前からポスター等で知っていたので、1度は訪れてみたいと思っていた場所だったのですが、市街地から離れた本当に静かな農村に神社はありました。「まむし除け」というご利益を見ても、農村の生活に根ざした神様なのでしょう。

⑧福力荒神社4

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 8.峠越え

 福力荒神社をあとにして、田園風景の中を進んでいくと・・

⑨峠越え


 行く手には峠が見えてきました。

⑨峠越え2


 おっ!!沿道の林の中に「たけのこ」が顔を出している!!
しかもたくさんありました(笑)

⑨峠越え3


 しかし、最近は少し脚力がついてきたのでしょうか、このぐらいの峠であれば何とか越えることができます。まもなく頂点!!

⑨峠越え4


 頂点を迎える手前で「美咲(みさき)町」に突入しました。

⑨峠越え5


 峠を下りきると見えてきたのが「名木百選・安井の一本杉」です。樹齢300年・高さ17m・周囲3.9mの大きな樹木です。

 ⑨峠越え7


 戦国時代、この木に神鳥が止まったという言い伝えが残っており、それ以来、木の根元に石鳥居が建てられ、神木として崇められているそうです。

 そう言われれば、周りの山村風景にとけ込んだ神々しい木でした。

⑨峠越え6


9.百々(どうどう)・大宮神社(岡山県久米郡美咲町百々)

 ここは百々・大宮神社です。

⑩大宮神社3


 元弘2年(1332)後醍醐天皇が隠岐に流される道中に、この社に咲いている桜を眺めて喜ばれた、という言い伝えが残っている神社です。

⑩大宮神社2


 桜は江戸時代に倒れてしまったようですが、現在は「大御幸桜」として小さな社を建てて大切に保存されているようです。

⑩大宮神社


 神社を出たところで、近所の犬が見送ってくれました!!

 ⑩大宮神社4


 引き続き、山村を走っていると、程なく川が見えてきました・・。「吉井川」です。

⑪吉井川


 今度は、この川に沿って南下をしていきます。

⑪吉井川2


 進むこと数十分、目の前に大きな櫓が見えてきました・・。これはいったい・・。

⑫柵原

 (この旅の続きはこちら
(この旅をはじめから表示する場合はこちら → はじめから表示
 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

津山・柵原・備前 片鉄ロマン街道を走る!(津山の町並み)

2012ポタリングシリーズ(ファーストステージ③)
津山・柵原(やなはら)・備前 片鉄ロマン街道を走る!(津山の町並み)


 今回は生涯初の「鉄道輪行」で岡山市の北約60kmに位置する津山へ赴き、そこから南下するポタリングを行いました。


1.輪行

 2012年4月30日AM5:30 岡山駅到着・・。

①岡山駅


 生涯初の輪行はここからスタート・・。

①岡山駅2


 6:04 岡山発津山行きローカル線・普通列車に乗り込む・・。

輪行デビュー


 7:31 津山駅到着・・。

②津山駅


2.JR津山駅(岡山県津山市大谷)

 津山市は、城下町として発展した人口約11万人(県下第3位)を擁する県北の中心都市です。最近ではB級グルメ「ホルモンうどん」などで脚光を浴びており、B’zの稲葉浩志の出身地としても知られています。

 そして、ここが「JR津山駅」、JR姫新線・因美線・津山線が乗り入れる、津山市の中心駅です。

②津山駅2


 これは津山駅構内にある箕作阮甫(みつくりげんぽ)(1799~1863)の像です。

 箕作阮甫は幕末に活躍した津山藩士・蘭学者であり、ペリー来航の際には、米大統領国書を翻訳しました。また日本で最初の医学雑誌「泰西名医彙講(たいせいめいいこう)」を創刊するなど、マルチな才能を持った人物です。

②津山駅3


 津山駅から少し北へ行くと、市内を流れる「吉井川」を見ることができます。夏には、この川の河川敷で「ごんごまつり」が開かれ、たくさんの花火が打ち上げられます。
 なお、「ごんご」とは津山地方の方言で「かっぱ」のことです。

②津山駅4

 
 川の北側にある通りは、その名も「ごんご通り」。商店街となっています。

②津山駅5


3.津山城(岡山県津山市山下)

 津山城は、慶長8年(1603)18万6千石で入封した森忠政が築城しました。

③津山城


 津山城は別名を「鶴山(かくざん)城」といい、城址は現在「鶴山公園」として整備され、県内有数の「桜の名所」として親しまれています。

③津山城3


 城のシンボル「備中櫓(びっちゅうやぐら)」は、2005年に築城400年を記念して復元されたものです。

③津山城2

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

4.城東むかし町

①町並み

 津山盆地を東西に貫く「出雲街道」沿いには、昔の面影を残す町並みが保存されています。


④城東むかし町5


 かつて城下は城を中心とし「出雲街道」に沿って、東西に開けていました。

④城東むかし町2

 
 後年、城の西側にあたる「城西地区」は都市開発により姿を消しましたが、東側の「城東地区」は400年前の町割りがそのまま残っているそうです。

④城東むかし町6


 ここは箕作阮甫の旧宅です。

④城東むかし町4


 ここは御菓子屋さんです。

 ④城東むかし町10


 トレードマークは鶴です。

④城東むかし町11


 杉玉と看板が印象的な町家です。

④城東むかし町14


 小路に建つ「石敢當(いしがんとう)」。沖縄ではよく見ますが・・。

 ④城東むかし町12


 城東むかし町の道には、見通しの効かないように大きく曲げられた箇所があります。これは敵の襲撃に備えたもので、「荒神曲(こうじんまがり)」もそのひとつです。

 ④城東むかし町13


 ここは城東地区の東の端である宮川です。上空には鯉のぼりが泳ぎ、ゴールデンウィーク気分満点です。

④城東むかし町9

 
 城下を貫通する出雲街道の東西の端には番所が設置してあり、東端である宮川の西岸には「東大番所」がありました。

④城東むかし町8


 なんと!!趣のある町家が販売されています・・。

④城東むかし町7


②作州城東屋敷

 ここは城東むかし町保存地区の情報発信や休憩所として利用されています。

⑤作州城東屋敷4


 また、男はつらいよ・最終作(48作)「寅次郎紅の花」のロケ地にもなったようです。

⑤作州城東屋敷2


 だんじり庫

 10月下旬に行われる「大隅神社・秋の大祭」で活躍するだんじり(県指定文化財)が保管されています。

⑤作州城東屋敷3


 火の見櫓

 時代劇のセットのような「火の見櫓」は城東地区のランドマークでもあります。

⑤作州城東屋敷


 「出雲街道津山城東むかし町」は、平成15年度に国土交通省の「夢街道ルネサンス」に認定されました。

④城東むかし町

この旅の続きはこちら

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブログランキングに登録中です。よろしければポチっとお願いいたします。↓


人気ブログランキングへ
にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ポタ麿ブログへようこそ
自転車

この物語は、急に思い立って自転車

を購入し今さらながらに今さらなが

らに今さらながらにようと心に決め

た、ままさに付け焼刃のなんちゃっ

てサイクリストが、日本全国を独自

のルートで行脚し、数々の感動と出
会いを経験することの事実を通じて

人間的成長を果たしていく過程を余

すところなくブログ化しようとする

ものである。

な~んてな!!

ブログランキング

ブログランキングに参加しています。ご協力いただけるとうれしいです!!

プロフィール

ポタ麿

Author:ポタ麿
性別:男
血液型:O型
星座:しし座
趣味:野球・自転車
生息地:岡山
(ブログ内容)
自転車による「ぶらり旅」の
レポートを中心としながらも、
日頃のとりとめのない事象に
ついてもつぶやいていきます。

ブログで旅行気分(旅ブログ集)
現在の時刻
アクセスカウンター
ランキング情報!!
お気に入りのブログです
最新記事
カテゴリ
最新コメント
天気予報
人気キーワード
月別アーカイブ
辞書
あし@
最新トラックバック
RSSリンクの表示
楽天トラベル
楽天市場
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
PVランキング
ブログランキング・ドット・ネット
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。